君は世界を旅してる
「一条くんサボり?」
「違う。午後の授業を受ける気力がないだけだ」
「それをサボりって言うんじゃないの……」
起き上がった一条くんが、ベッドのふちに座った。
寝ようと思っていたことなんてすっかり忘れて、私も隣のベッドのふちに腰かけて向かい合った。
離れたクラスの一条くんと、こうして授業中に2人で話すのは初めてだった。
他に誰もいない保健室は静かで、私と一条くんの声がやたらと大きく響くような気がする。
「それより、まだ見つからないのかよ。例の本」
「そうなの。もしかしたらお母さんが持ち出してるのかもしれない。大事そうにしてたっぽいし」
「まあな。でももし家の中にあるなら」
一条くんは口元に手を当てて、なにか考えるようなしぐさを見せた。
「大事にしまってるだろうな。汚れたりしない場所だ。なおかつ、隠し場所を忘れないような……」
「なにそれ」
ときどき思う。
一条くんの頭の中は、どうなってるんだろう。
きっと私では理解できないくらい、複雑な構造をしてるに違いない。
「あ、そうだ。私あの本見覚えがあるって言ってたでしょ」
「思い出したのか?」
一条くんが声をひそめた。
誰もいないからそんな必要はないのだけど、お互いに無意識に身を乗り出して顔を近付けた。
頭に乗せていた氷はいつの間にかベッドの上に投げ出されていた。
「いつ見たんだろうってずっと考えてたの。私の記憶が正しかったら家の中じゃなかったんだよ」
「はあ?」
「たしか、私が高校生になってすぐだったと思うんだけど……」