君は世界を旅してる
あれは今から2年半ほど前のこと。
本好きのお母さんと2人で、家から少し離れた古本屋に来たときだった。
お母さんはよくこうして古本屋に来ては、店内を一通り見て回って何も買わずに帰ることを繰り返していた。
今になって思えば、それはつまりある本を探し続けていたのだろう。
だけどその日は、いつもと違った。
「どうも、こんにちは」
1つひとつ本棚を見て回っていたとき、店の店長らしき人が話しかけてきた。
顔見知りのようで、お母さんは笑顔でそれに応じていた。
「こんにちは店長さん。いつもお世話になってます」
「入りましたよ、あの本」
「え!?嘘!」
店長は一度店の奥に行ったかと思えば、すぐに戻ってきた。
右手には一冊の本を持っていた。
お母さんはそれを見ると、確かめるように慌てて近寄っていった。
私はその様子を、わけがわからないまま見ていたように思う。
「あなたがきっと来るだろうと思ってお取り置きしておきましたよ」
そう言って店長が差し出した本は、分厚い本だった。
深い青色に、金色の文字がキラキラと眩しく目立っていて―――。
「じゃあ、2年半前に広野の母さんが本屋であの本を買うところを見たのか?」
「間違いないと思う。お母さん、すぐに"買います"って嬉しそうにしてた」
「それにしては………」
一条くんは腕を組んで、またなにか考え込んでいるみたいだった。
「なに?」
「いや、いい。とりあえず本を見つけてからだな」
その時、5時間目が終わるチャイムが響き渡った。
途端に廊下がざわざわとし始めて、2人して思わず口を閉じた。
「俺は次の授業を受ける。広野は?」
「あ、私は……今度こそ寝ようかな」
ふっと小さく笑った一条くんは、ベッドから降りて上履きを履いた。
それを眺めているとふいに手が伸びてきて、頭にそっと触れられた。
「頭、ちゃんと冷やせよ」
そう言い残して保健室を出ていく背中を見送ってから、赤くなりかけた顔を隠すように布団に潜り込んだ。