君は世界を旅してる
お弁当は、一条くんが来てから食べることにした。
空を見上げながら深呼吸をしてみると、夏と冬の境目を感じた。
カッターシャツの上に来ているカーディガンの袖を目一杯伸ばして指先を隠してみる。
まるで一条くんだ。
彼はいつも、長い袖でこうやっている。
毎年、そうなのかな。
つい最近までの一条くんを私は知らないから、去年の今頃の袖は長かったのかどうかを知らない。
「なんにも、知らないんだよね…」
私と一条くんを繋いでいるのは、ちょっとした、だけど重大な秘密だ。
視線を落として、持ってきた本の表紙を優しく辿ってみる。
布っぽい手触りの表紙の中、金色の文字のところはツルツルとしている。
昨日の夜、この本を開いてみた。読んでみようと思ったのだ。
だけど読めなかった。
思えばこの表紙の金色の文字でさえ、なんて書いてあるのかわからないのだ。
日本語じゃないし、英語でもなさそうだ。
もちろん中身も同じで、どこの国の言葉かわからない文字が並んでいる。
時々ページいっぱいにイラストが入っていたりするものの、そのイラストが意味するものさえ理解出来なかった。
それで、お母さんが何をしたかったのかますますわからなくなった。
お母さんはこの本をスラスラと読めるのかな。日本語以外の言葉を話すところなんて、見たことない。
昨日の夜と同じことをぐるぐると考え込んでいたら、背後で扉が開く音がした。
「悪い、遅くなった」
制服に着替えた一条くんが屋上にやって来た。思ったとおり、汗なんてまったくかいてない。
「体育お疲れー」
「先食べてて良かったのに。待っててくれたんだ?」
「さっき来たばっかりだから大丈夫」
一条くんは私の隣にドサっと座り込んで、持っていたコンビニの袋をガサガサと開けた。