君は世界を旅してる
「それからしばらく、ソファーに座ることさえ怖かったのを覚えてる。お母さんが座る部分をめくろうとしたら、めちゃくちゃ怒ったりして」
「広野って案外ビビりなんだな……」
「ちょっと、笑いこらえてるでしょ!」
肩を震わせる一条くんをキッと睨み付ける。自分でも、あの頃は異常なくらい怖がってたなあとは思うけれど。
「広野の母さんは、それを覚えてたのか」
「だと思う。あそこに隠したってことは、よっぽど私に見つけてほしくなかったってことじゃないのかな。そんなものを見つけてしまって申し訳ないなってちょっと思う」
私は今、本来なら知るはずのないことを暴いているのだ。
お母さんが、私には教えたくなかったことを。
「あー、まあ、そうとは限らないと思うけど」
「え?」
表情を曇らせた私を、一条くんは見ていた。
そして小さく笑って、残っていたコーヒーを一口飲んでから息を吐き出した。
「これ、何語だ?」
手に持った本をパラパラとめくって一条くんがそう呟く。
古本屋で買ったから新しくはないけど、中身は綺麗なまま保たれているようだった。
「…わからない。でも見て、この最後のところ」
1番最後のページをめくったところに、紙切れが挟まっている。
「なんだ?レシート?」
「そうだと思う。文字がかすれてて買った日付のところは読めないけど、この一番下に書いてあるお店の名前、お母さんと一緒にこの本を買ったお店なの。やっぱりこれが、2年半前に私が買うところを見た本で、4月に男の人から渡された本なんだよ!」
「てことは、広野の母さんがこの本を買ったのが約2年半前。その後、あの男の人にこの本を貸すかなにかして、4月に返してもらった、ってことか……?」
時系列を考えると、そういうことになるだろう。
だとしたらあの男の人とは、定期的に会っていたことになる。
「んー……」
「?どうしたの一条くん」
一条くんは口元に手を当てて首を捻らせていた。何かを考えているみたいだ。