君は世界を旅してる
「あのっ!あの、すみません!ちょっと聞きたいことが!」
なだれ込むように店に舞い戻って来た私達を、店長さんは驚いた顔で迎えてくれた。
ラジオからは古い曲が流れている。落ち着いた店の雰囲気と不釣り合いな自分達を少し恥ずかしく思うものの、それどころじゃないというのが本音だった。
カバンから分厚い本を取り出して、店長に見えるようにカウンターへ置いた。
「この本のこと、覚えてますか?」
紺色に、金色の文字の本。
店長はまじまじとその本を見つめて、それから目を見開いて私の顔を見た。
「君は……、そうか。あのとき一緒にいた女の子だね?」
「!お、覚えてるんですか!?」
必死になにかを訴える私をなだめるように、店長さんはゆったりとした口調で話し始めた。
「よーく覚えてるよ。この本はもう廃版になってるから、手に入りにくいんだ。それを、ずーっと探し続けていた女のひとのことをね」
きっとお母さんのことだ。
「その、どうしてこの本を探していたのか知ってますか?」
店長は深く頷いた。
「彼女は随分長いことここに通ってくれていたからね。よく色んな話をしたよ」
一条くんと顔を見合わせる。
またひとつ何かがわかるかもしれないと、期待が高まる。
「なんでも、昔あの本をとても大切な人からもらったそうなんだ。それなのに、自分には受け取る資格がないからと言って返してしまった。それをずっと後悔しているんだと、涙を流していたよ」
「誰かに、もらった…?」
でも受け取らずに返した?
なにがあったんだろう。涙を流して後悔するほどの、なにが。
大切な人からなのに、受け取ることが出来ないなんて。
「その受け取らなかった本はもう手に入らなくても、せめて同じ本を思い出として手元に置いておきたいんだ、とね」