君は世界を旅してる
「なんで18年前、プロポーズを断ったんだろうな。どうしても結婚出来ない理由があったか、反対されたか……。父親のこと何か聞かされてないか?……広野?」
一条くんの言葉を聞く余裕なんて、私にはなかった。
視線を自分の足元に移す。
上履きを履いた自分の足がある。その前には、落ちないように設置された手すりがある。
その向こう側には、外への空間が広がっている。
今自分が、地上と空との間に立っているような気がしてきて、どうして私はここにいるんだろうと思った。
「おい、どうしたんだ?」
「やっぱり、邪魔なんだよ。ずっとそうだったんだよ」
「広野、」
「本を受け取らなかったことをずーっと後悔してた。それだけ結婚したかったのにしなかった。どうして?私がお腹の中にいたから?」
普段なら口に出さずに心の中だけに留める言葉が、堰を切ったように溢れ出す。
堰きとめるための感情が、振り切れてしまったみたいに。
「今になってやっと一緒になれた。私がいないから?きっと私が18歳になるまで待ってたんだ。それで私を置き去りにして、やっと2人になれたって思ってるんだ」
「おい、何言ってんだ」
「私が邪魔だったんだよ。だから置いていったんだよ。ただそれだけなんだよ。あの手紙には、謎なんてなかった。書いてある通り、お母さんは私がいないところで誰かと幸せになった。そのままなんだよ」
「広野、こっち見ろ」
「……怖いよ。これ以上深いところまで探っても、自分が惨めになるだけだよ。邪魔な存在なんだって、自分で確認してしまうだけ」
「広野!」
一条くんが手首を掴んでくる。
嫌だ、見ないで。
こんなに惨めな姿、一条くんには見られたくないのに。