君は世界を旅してる

「おい!待てって!」

腕を掴まれる。
顔をあげられない。
どうして。そんな言葉が浮かぶ。

「広野、こっち向け」

心臓が、どくどくと音を立てる。
呼吸が浅くなる。
俯いた視線先にあるのは、見覚えのあるスニーカー。

「俺の顔見ろ」

腕を掴まれているほうと反対の手が伸びてくる。
その手は、顔を隠すように下りた私の前髪を優しく横に流した。

恐る恐る、本当にゆっくりと顔を上げていく。
袖の長い紺色のカーディガンの上に、ブレザーを羽織ってる。最後に話したときはまだ羽織ってなかったのに。
シャツの襟の少し上に、喉仏がある。
その、少し上には。

心配してるような、ちょっと怒ってるような一条くんと、目が合った。

私今、どんな顔してるんだろう。
笑うことも泣くことも出来なくて、だけど冷静でいることも出来ない。

相変わらずの優しい手つきに、想いが溢れそうになるのを必死に抑えてる。
それがどうかバレなければいい。

「ど、うして」

「話は聞いた。来い」

「えっ、ちょ、」

ぐいっと腕を引かれて、そのまま一条くんは駅と違う方向へ歩き出した。
転けないように慌てて付いていく。

掴まれた腕を振り払おうとしても、この前みたいには簡単に解けなかった。

「どこ行くの!?」

私のほうを見ることなく、一条くんはどこかを目指して歩く。

「あの、私しなきゃいけないことがあるんだけど……!」

そんな声も届いているのかわからないまま、一条くんの背中を追いかける。

すると、住宅街の通りに入ったところでようやく一条くんが足を止めた。
カバンから鍵を取り出して、目の前の家の玄関のドアに差し込む。
その間も、私の腕はしっかり繋ぎとめてある。

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