君は世界を旅してる
「ちょっといい?」
「あ、はい……」
島崎さんにそう声をかけられたのは、授業が終わって帰る用意をしていたときだった。
これまでも散々視線は感じていたけど、実際に話すのは第3音楽室の場所を教えてもらって以来だ。
そうして連れてこられたのは、案の定第3音楽室で、隣の第2音楽室が静かな日だった。
「今日は吹奏楽部休みなの…?」
「今週は休みなの。ちょうどコンクールも近くない今の時期に、リフレッシュしようっていう部長の方針でね」
部長というのは、早川くんのことだ。
島崎さんの言葉がトゲトゲしく聞こえるのは、私が勝手に苦手意識を持っているせいだろうか。
使われなくなった楽器を慈しむような目で見てる島崎さんを見ながら、私はどうしたらいいかわからず立ち尽くす。
何の用だろう。
いや、予想はある程度しているけれど、それを島崎さんが実際に言うところがなかなか想像出来ないのだ。
「広野真子さん、あなた早川くんが何の楽器を演奏するか知ってる?」
「え……」
予想外の質問だった。
早川くんの吹奏楽部での姿なんて知らない。
それどころか、吹奏楽部の部長だということも普段忘れているくらいだ。
「その様子だと知らないのね」
島崎さんは、近くに置いてあるサックスに手を伸ばした。
どうして使われなくなったのか、楽器に詳しくない私にはわからないけれど、手入れはまったくされてなさそうだった。
「これを持って、背筋を伸ばすあの人は、女の私達から見てもとても綺麗なの」
それはまるで、”知らないなんてもったいない”と言っているようだった。