火恋 ~ひれん~
「そーいや牧野も居たんだろ? まさか、また抱き逃げされたとか言わねーよな?」

 マンションの地下駐車場に到着して、指定のスペースにバックさせながら。何とはなしに藤君が問いかけてきたのを。わたしは一瞬言葉に詰まっていた。
 エンジンを切った藤君は、恐ろしく冷めた目でこっちを見る。

「・・・・・・あんたバカ? 言っとくけど、若頭代理にも絶対ツッコまれっからソレ」

 ああ・・・・・・。せっかくお店に行くのを許してくれたのに、そんなこと知れたらもう二度とマンションから出してもらえなくなりそう・・・・・・。
 海よりも深い溜め息を吐き、死刑台の前で執行を待っている囚人みたいな心境で項垂れているわたしに、藤君も心底呆れたように溜め息を吐く。

「こっち向け・・・結城」

 おずおずと顔を上げた瞬間に。視界が遮られて唇に熱を感じた。前にホームセンターでされた時より少し長く。

「・・・どうってことねーって云ったろ。ハグなんか挨拶だろーが。いちいち気にしてたら、100回代理に殺されても足んねーつの」

 離れた藤君は横目で一瞥すると、早く降りろとわたしを促す。


 
 牧野君の抱擁が藤君のキスに上書きされて。帰って来た渉さんの追及に平静でいられたのも、藤君のおかげ・・・・・・でいいのでしょうか。


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