火恋 ~ひれん~
16章
空は白く雲を引いて、時折り薄日が差す。梅雨も近いせいか、生温かい空気は湿り気を増して肌に纏わりついた。
今日は袖無しのハイネックにカーディガンを羽織り、タイト目のスカートを合わせてシックな装いに身を包む。渉さんはグレーのシャツに黒地のネクタイを締めたスーツ姿だった。
霊園というよりも庭園を散策しているような。桜の並木道や薔薇のアーチ。花が終わったモクレン、ハナミズキなども植わっている。きっと春先はとても美しい光景だったに違いない。緑に目を奪われながら、わたしは渉さんと一緒にその中をゆっくりと歩く。
朝10時に坂下さんが運転する車でマンションを出発し、一時間も走った頃。静羽さんが眠る山間の霊園に到着していた。
国立公園の一画にあるという、雄大な自然に囲まれたこの場所を選んだのは、彼女が生前から樹木葬を望んだからなのだと。渉さんは言った。
冷たい石のお墓の下よりも桜の花の下で眠りたい。静羽さんは、歌うように笑ってそう云っていたから・・・と。
その願いを叶えて、合同永代供養の形をとった一本桜の樹木の下に彼女は埋葬されていた。
桜の前には一つ大きな石碑が立っていた。その周囲を囲うように整然と、故人の名と没年が刻まれた小さめの墓標が埋まる。
その内のひとつの前で渉さんは立ち止まると、片膝を折ってかがんだ。わたしも並んで隣りにかがむ。
相澤静羽。享年二十六歳。赤身がかった御影石に刻まれた名前を見た時。やっと・・・貴女に逢えた。そんな想いがした。
静羽さんを悼む渉さんの顔を見てしまうと、解ってはいるけれど、わたしはきっと心穏やかではいられなくなるから。彼が静かに立ち上がるまでじっと墓標を見つめ続けていた。
設置された献花台に白い薔薇の花束を供え、お線香に火を灯す。立ち昇る白く細いたなびきを追う様に。渉さんは黙って空を仰いだ。
やがて。
「・・・・・・織江」
「・・・はい」
いつもの深い眼差しをわたしに戻して。真っ直ぐに見下ろす。
「俺は死ぬまで極道者だ。お前は良いんだな」
躊躇いなく、はいと答えた。
「どんな外道に堕ちてもか。・・・先は地獄だぞ」
目を細め。見えない切っ先をわたしの喉元に突き付けて。貴方は最後の覚悟を問う。
何も怖れはしない。
わたしは幽かにほほ笑んだ。
もう貴方の無い世界には戻れない。貴方が征く道が。たとえどんなに血塗られていようと。
「・・・・・・それでもついて来るか、俺に」
「はい」
貴方に誓います。
決して離れません。
「ついていきます。・・・どこまででも」
今日は袖無しのハイネックにカーディガンを羽織り、タイト目のスカートを合わせてシックな装いに身を包む。渉さんはグレーのシャツに黒地のネクタイを締めたスーツ姿だった。
霊園というよりも庭園を散策しているような。桜の並木道や薔薇のアーチ。花が終わったモクレン、ハナミズキなども植わっている。きっと春先はとても美しい光景だったに違いない。緑に目を奪われながら、わたしは渉さんと一緒にその中をゆっくりと歩く。
朝10時に坂下さんが運転する車でマンションを出発し、一時間も走った頃。静羽さんが眠る山間の霊園に到着していた。
国立公園の一画にあるという、雄大な自然に囲まれたこの場所を選んだのは、彼女が生前から樹木葬を望んだからなのだと。渉さんは言った。
冷たい石のお墓の下よりも桜の花の下で眠りたい。静羽さんは、歌うように笑ってそう云っていたから・・・と。
その願いを叶えて、合同永代供養の形をとった一本桜の樹木の下に彼女は埋葬されていた。
桜の前には一つ大きな石碑が立っていた。その周囲を囲うように整然と、故人の名と没年が刻まれた小さめの墓標が埋まる。
その内のひとつの前で渉さんは立ち止まると、片膝を折ってかがんだ。わたしも並んで隣りにかがむ。
相澤静羽。享年二十六歳。赤身がかった御影石に刻まれた名前を見た時。やっと・・・貴女に逢えた。そんな想いがした。
静羽さんを悼む渉さんの顔を見てしまうと、解ってはいるけれど、わたしはきっと心穏やかではいられなくなるから。彼が静かに立ち上がるまでじっと墓標を見つめ続けていた。
設置された献花台に白い薔薇の花束を供え、お線香に火を灯す。立ち昇る白く細いたなびきを追う様に。渉さんは黙って空を仰いだ。
やがて。
「・・・・・・織江」
「・・・はい」
いつもの深い眼差しをわたしに戻して。真っ直ぐに見下ろす。
「俺は死ぬまで極道者だ。お前は良いんだな」
躊躇いなく、はいと答えた。
「どんな外道に堕ちてもか。・・・先は地獄だぞ」
目を細め。見えない切っ先をわたしの喉元に突き付けて。貴方は最後の覚悟を問う。
何も怖れはしない。
わたしは幽かにほほ笑んだ。
もう貴方の無い世界には戻れない。貴方が征く道が。たとえどんなに血塗られていようと。
「・・・・・・それでもついて来るか、俺に」
「はい」
貴方に誓います。
決して離れません。
「ついていきます。・・・どこまででも」