火恋 ~ひれん~
 中に入ると藤君はさっさとリビングの方に姿を消し、坂下さんは玄関ドアの外で待つようだった。
 内側で、わたしは渉さんと何度も何度もキスを繋げる。どうしても離れがたくて。まだ傍に居て欲しくて。

「・・・済まんな。そろそろ時間だ」

 わたしを胸元に抱き込み、髪を優しく撫でながら渉さんは今日の別れを切り出す。
 ゆるゆると顔を上げると、静かな眼差しに見つめられていた。

「しばらく留守にするかも知れんが、ちゃんと待てるな?」

「・・・はい」

「いい子だ」

 最後に額にキスが落ちて、渉さんはわたしを離した。 

「・・・本当にすごく楽しかったです。有りがとうございます」

 心から感謝を込めてお礼を言った。

「俺が織江にする事に、礼は要らん。黙って甘やかされていろ」

 クスリ、と少し不敵そうに。

「・・・じゃあな」

「行ってらっしゃい。・・・気を付けて」

「ああ」

 ドアの向こうに消えた背中を。今からでも追いかけて引き留めたい衝動に駆られた。いつもなら、こんな身を切られるような不安に押し潰されそうになったりしないのに。

 渉さんが本気でわたしと別れるつもりだったなら。自分の意志を曲げて引き下がる筈はない。半分は・・・試したかったのだろうか。それでもわたしがついて来るのかどうかを。

 胸苦しさが消えない。
 どうかお願いです神様、渉さんをお守り下さい。わたしの命なら幾らでもあげます。すべて引き換えにしたっていいんです。たとえ手足の一本や二本失くしても、命が助かるならそれで構わない。一生わたしが彼の支えになります。
 だからお願い、あのひとを死なせたりしないで。わたしから奪わないで、この世でたった一人、愛するひとを!

 両手を胸の前できつく握りしめて、祈らずにはいられなかった。不幸の神様でも死神でも。代償ならわたしが引き受ける。
 
 ・・・・・・お願い静羽さん。
 まだ、あのひとを連れて行かないで・・・!
 

 わたしは独り立ち尽くすだけだった・・・・・・。





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