~悪魔執事とお嬢様~
私はなにも言わなかった。
物騒な事件とだけで片付けられるのが、
当たり前のことなのに歯痒かった。
「お嬢ちゃんは、もしかしてあの家で
働いていた使用人かなにかかい?」
「いや……。
私の顔をよく覚えておくといいでしょう。
いずれ新聞にのりますから。」
良くも悪くも、何を書かれるか
わかったもんじゃないがな。
店主に名乗らなかったのは、
自分から名乗るのは気が引けたし、特に
子供扱いされたのに腹が立ったからだ。
私は店を出て、馬車の元へ
向かうため店を回りがてら歩いた。
荷物はもちろんシリウスにもたせた。
途中、路上でミュージシャンを見かけた。
顔を見るにイタリア人と見た。
ギターを弾きながら歌っている。
目の前の太った金持ちそうな貴婦人が鼻で笑いながらスタスタと歩いた。
ひどいな、ギターのことはよくわからないが、歌の才能はあると思う。
私がなさすぎるだけかもしれんが。
とりあえず1グロート(4ペンス)出すことにした。
(1ペニーは現在の日本円において約200円)
ミュージシャンは顔をあげて会釈したが、
私は礼の言葉を言われる前に立ち去った。
「よろしかったのですか?」
「何がですか。」
私の後ろから歩いたままシリウスが
話しかけた。
「位の低い者からでも、謝意の言葉は
嬉しいのでは?」
「いえ、誰もがそうとは限りません。
私は彼に才能があると思い、彼に
金をやりました。
礼を望む為に金をやる偽善者とは違う。
とはいえ、私が才能をどうこう言える
ものでもありませんが。」
「慰めの言葉も浮かびません。」
せめて無言でいればいいだろ。
わざわざ言わなくてもいい。
「そうですか。」
否定するわけにもいかなかった。
他の言い方があるだろう、
とも言えないほどに私は歌が下手なのだ。