~悪魔執事とお嬢様~

こちらがわが証言しない限り
ばれやしない。

こんな面倒な事に
一々付き合っていられるか。



「…お嬢様、お寒いのですか?」



「え?」



何をいっているんだ。

私は寒くなんてないし、第一何を見たら
そう思…



「身体が震えていらっしゃいます。」



「っ…?」



全く自覚はなかった。

言われてみると、
体が小刻みに震えている。

なにかが寒いわけでも、
悲しいわけでもないはずなのに。



霞んで見える幻影。


大きな可愛らしい目と、小さな唇。
小麦色の髪と、少し泥のついた顔。

額に線を引いたかのような直線の
傷から溢れ出す赤い血は、

斜めに引いた傷から溢れ血は、


縦に、横に、斜めに、あらゆる方向から
切り刻まれたその顔は、
大きな目で私を見る。

助けてとは言わず、
ただひたすら私を見る。

彼女は助けてほしいと願う前に、
なぜこうなったのか理解する前に死んだ。

今思うと、致命傷は腹のナイフでも、
はじめにされた攻撃は顔だった。

最初の目的は顔を
傷つけることだったようだ。


『なんで?』


と、彼女は私に問いかける。
彼女の目は私を見つめる。

なぜ、自分が死ななければいけないのか。
なぜ、皆殺されなければいけないのか。

感情移入はやめなければ。
私自身が壊れる。


だが、感情移入をやめようがやめまいが、
あの光景だけは、くっきりはっきり
浮かんでくるのだ。

彼女だけではない。


皺だらけの老人と老婆が、窶れた顔で
唇を噛み締めながら血を流して倒れ、

小さな少年が辛そうな顔で
目を瞑って死んでいた。


クソッ。

身体を制御できない。
どうしても、震えが止まらない。



寒くも悲しくもない。
ただ、恐い。

あんな悍ましい光景を見るなんて、
誰が思う?


どうしても、あれを思い出すと、
また別の記憶が甦るのだ。

お父様の呻き声。お母様の死体。

自分が刺された感触。

音、視界、匂い、全てがそのまま
思い出される。


少女の死体よりも、老人の、子供の
死体よりも…

あの記憶が怖い。

< 135 / 205 >

この作品をシェア

pagetop