~悪魔執事とお嬢様~

「ハァ、ハァ…」


左手で頭を抱え、地面に右手をついた。



「お嬢様…!」



シリウスが私の肩を支えた。

この時点で私はわかっていた。

自分はあの悍ましい死体のせいで
震えているのではなく、

あの夜のトラウマに怯えているのだと。


動悸が止まらない。

胸に何かつっかえがあるかのように
息苦しい。

さっきまで寒くも暑くもなかったと
いうのに、今はとても寒い。

冷や汗が止まらない。


今にも、今にも自分が
狂ってしまうんじゃないか、

そんな意味のない、しかしとてつもなく
恐ろしい思いが込み上げた。



「これは…現実なのか?」



悪夢を見ているような感覚だ。

視界がぼやけ、身体を動かしても
本当に動いているのか良くわからない。


シリウスが何か言っている。

しかしはっきり聞こえるのは
心臓の音だけ。

心音と自分の息づかい以外は、全て雑音に
聞こえた。



「お嬢様、よく聞いてください。」



かろうじて意識すれば聞こえた。

とはいえ、何をいっているのか
理解するのには時間がかかる。



「まず、息を止めてください。

今のような浅い呼吸では
心を落ち着けられません。」



シリウスの言う通り、
私の呼吸は浅くて早かった。

息を止める理由はわからなかったが、
私には最善の方法が見当たらない。


言われた通り息を止めた。



「よくできましたね。
次は鼻で息を吸い、口で吐いてください。

ゆっくりですよ?」



私は朧気に鼻で息を吸った。

まだ少し早いが、さっきと比べれば
ゆっくりな方だろう。


吐くときは、少し息が震えていた。
吸うよりも吐く方が長い気がする。



「吸って、吐いて、吸って、吐いて……」



シリウスの言葉に合わせ、
ゆっくり呼吸をした。

しかし戻そうと思えば思うほど、呼吸の
速度はあやふやに、乱暴になっていく。

頭を押さえていた手を胸にあて、
心を落ち着かせようとした。
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