~悪魔執事とお嬢様~
「…そうですね、いつか、最期の祝杯として
あげるのもいいかもしれませんね。」
“最期”に、な。
魂が喰われる時、この世の未練を拭うためにワインを飲むのもいいかもしれない。
今のところワインはあまり好きには
なれんが、神の血と言われるワインだ。
心を浄化するという
意味でも飲むべきだと思う。
「では、その日を今まで以上に
心待ちにしておきます。
わたくし共悪魔にとって、ワインは人間の娯楽でしかありません。
しかし、お嬢様と飲むのならば話は別。
なぜなら、ワインを飲んだあとに、
シャロン・フォスターという
メインディッシュがあるのですから。」
舌舐めずりをする音が聞こえた。
気味が悪い。
私は完璧にシリウスのその発言を無視し、
前だけを見ることにした。
喜ばしいことに、先程から大勢の靴音や
談笑が近くで聞こえていた。
あと少しでこんな薄汚い路地裏から
おさらばできる。
そう思うと今すぐ駆け出したい
気分だったが、流石にはしたないので
歩くスピードを早めるだけにした。
ーーはぁ…
商店街へ辿り着くと、私は胸を
撫で下ろすかのように安堵した。
少なくともここはまだ上流階級の
場所で、得たいの知れない治安の悪い
場所へいるよりはずっと安心だったのだ。
(まあ、本当に安心したいのならば、
オクスフォード・サーカスや
リージェントストリートにでもいくのが
一番いいんだろうが…)
しかし、安堵と共にドッと
“やらなければいけないこと”が
押し寄せてきた。
(シリウスの服装の件はもちろんだが)
このハチャメチャな一日は、恐らく
今日だけではない。
女王陛下の謁見、フォスター社の復興、
シリウスの行うレッスン…
まだまだ解決してない問題ばかりだ。
日常への“安心”も、よくよく考えれば
狂気なもので、私にとっては結局、
どちらも同じことだった。
と、そんなことを思っている間に
店の前に到着した。
「シリウス、私は店の外で待っています。
自分で、執事に相応しい服と靴を
買ってきなさい。」
私は元々お金を持っていなかったし、
わざわざ立ち会う必要もなかった。
もしこの程度のお使いもできないなら、
執事失格だ。
「かしこまりました。」
シリウスは会釈し、
店の中へ入っていった。
しかし、自分から提案しておいて
こんなことを思うのはどうかしているの
かもしれないが、どうも不安だ。
彼は執事の役職に着いたのは初めてだと言っていた。
信用していいものか…そう思ったのだが、
尤も、それは杞憂で終わった。