~悪魔執事とお嬢様~
シリウスが、油の注していない耳障りな音をたてるドアを開けたときには、
既にジェントルマンの服に着替えていたのだ。
靴ももちろん子洒落たブーツなどではなく、普通の歩きやすそうな靴だ。
ネクタイも、やや時代遅れなものを締めていた。
執事(バトラー)という仕事は、
ジェントルマンとしての服を
身に付けることができる。
が、主人をたてるため、流行遅れな
ネクタイや服を着ることが多かった。
観察だけはよくしているのだな。
(まあ、フットマンを勤めてすらいない
シリウスが、いきなり執事をしている時点で
かなりの優遇を施しているのだからこのぐらいできないとヴィル爺が怒る。)
私はシリウスが持った荷物と着ている服を眺め、他に買うものがないか確認した。
これといって必要なものはなかった。
万が一の場合は使用人の誰かに頼めばいい。
「では帰りましょう。」
私は馬車が停まっているであろう場所に
向かった。
歩いてばかりの一日に嫌気がさす。
今日という日を呪ってやりたい…。
馬車に戻ると、御者はうとうとして、
なんとも眠そうな顔をしていた。
私たちに気づくまで数秒は必要だった。
「…あ、も、申し訳ございません!」
御者のことは放っておいた。
寝ようが寝まいが、
事故さえ起こさなければそれでいい。
私は目の前にいた焦げ茶色の馬の首を
優しく撫で、馬車に乗り込んだ。
カタカタと馬の蹄が高鳴り、馬車は
揺れ始めた。
速度が遅く、しかも激しく揺れる。
蒸気自動車にすべて変えてしまえば、
馬への負担も御者の負担も
減りそうなものなのに…
英国では赤旗法という、速度制限や、
赤旗をもった人間が歩行者を先導しなければならない、などの面倒な法律がある。
歩行者や馬車に考慮したものらしいが、
私は最善の方法とは思えない。
聞けば、近年フランスでは蒸気自動車の
新たな研究が進められ、次々と
開発されているそうではないか。
私の予想では恐らく、いや確実に、
ヨーロッパで近いうち自動車の開発が
画期的になるはすだ。
あぁ、だが悲しいことに現状を見る限り、
我が国が研究を進めるのは他の国と
比べてもかなり遅いだろう。
このような法律をいつまでも
引っ張るのであれば…。
「どうなさいましたか?
そんなに眉間に皺を寄せて。」
「近いうち、自動車メーカーの中に
フォスター社の名が加わるのも悪くないと思いまして。
潮時を見極められるなら、ですが。」
仮に英国で普及しなかったとしても、
他国で貿易をすればいいのだ。
しかし、できればこの国で
売りたいと思う。
農耕用トラクターしか普及していない
ような今のこの国で売るのは
無理があるが、技術が進むまで待てば
望みはあるだろう。
「そうですか。
とても意外ですが、お嬢様には
商人の才能があるのかもしれませんね。」
「本ばかり読んでいた私には無駄な知識
くらいしか取り柄がありませんし。」
そりゃ、キティのようなレディらしさが
私に備わっているのなら話は別だが…