~悪魔執事とお嬢様~
扉をノックしたのはシリウスだった。
紅茶とカスタードプディングを
トレイにのせている。
ったく、いつまで待たせるんだ。
書類を読んでかれこれ30分はたったぞ。
「思ったよりも“早い”ですね」
「申し訳ございません、ここまで完成するのに色々と滞りまして」
「まさか、エルに料理をさせたのか?」
「ええ。
なんと言いますか、あれほどまでに
壊滅的な料理を作るシェフが
存在することに衝撃を受けました」
悪魔にまで言われてしまうなんてエルも
可哀想だな。
とりあえずエルの料理は人間も悪魔も
不味いと感じるのはわかった。
いっそのこともう一人シェフを
雇ってしまおうか。
この際イギリス人でもいいから本物の
シェフを…。
「まあ、控えめにいってエルの料理は最悪ですから今回は特になにも言いませんけど。
次また30分も遅れるようであったら
フットマンからやり直させます」
「かしこまりました。
ですが次からは遺留品を燃やすこともないでしょうから、
確実に“じっくりと時間をかけた”
美味しいデザートをお持ちできますよ?」
シリウスが机の空いた部分に
ティーカップを置いた。
私は書類を奥の方に追いやり、頭を
抱えながらティーカップの中で
振動している紅茶を眺めた。
「遺留品を燃やすのは後でも
良かったのですがね。
急いでいたわけでもないですし」
30分のうちにやり遂げたことは素直に
驚くが、デザートを急いでくれた方が
良かった。
早急にといったはずのだがな。
「しかし、
一先ずよくやったと褒めておきましょう」
「痛み入ります」
私は紅茶の隣にあった小さな容器に入った蜂蜜をスプーンで掬い、たっぷりいれた。
そして、まだ上手く混ざっていない
状態のまま一口飲んだ。
甘い蜂蜜の香りとダージリンの強い香りが鼻をつつく。
「さてシリウス、部屋の模様替えも勿論
このあと行うのでしょうが、仕事を追加します。
これを郵便に」
「かしこまりました」
私は先ほどサインしたや書き足しをした
書類と、爵位継承についての旨を書いた
手紙を封筒にいれた。
そして一番近くの引き出しからシグネットリングを取りだし、蝋を垂らした上に
押し当てたものをシリウスに渡した。
シリウスはそれを受けとると、会釈して
書斎から出ていった。
それを見届けると、私は死人が息を吹き返したかのように安堵のため息を漏らした。
あれがポストボックスに入って、的確に
配達されれば私は本物の伯爵。
亡くなったお父様と同じ場所に座るのだ。
私は何気なく机の引き出しを開てみた。
予め遺品を焼却する事はヴィル爺に
伝えてあったので、もうすでに貴重品以外外に出され、変わったものは殆ど
何も入っていなかった。