~悪魔執事とお嬢様~
そういってシリウスは微笑した。
彼はヴィル爺以外、使用人の名は全員名字で呼んでいた。
最初の方は私がわかるように名前で呼んでいたが、今は完璧苗字だ。
(例外としてクルトとキルトとアルトは
名前で呼んでいる。)
普通と言えば普通なのだが、普段、私が
エル、セーラ、クルト、キルト、アルト
と下の名前(実際は英語なので上だが)で呼んでいるせいで違和感を持ってしまう。
「ヴィルさん」だけでも
相当慣れるのに苦労したというのに……
名前と言えば、私の名前も色々な人に
良く間違えられた。
お母様が私をよく、シャロンの愛称からシェリーと呼んでいたのも理由に、
シェリー、あるいはレイチェルと言われたことがあったのだ。
が、一番多いのは、カロンの方だ。
Charonがフランスの読みに近く、
誤解を生むことが多い。
ギリシャ神話でカロンという名を持つ
神がいたが、字も同じで、しかもそいつは冥府の境界であるアケロン川(悲嘆の川)の渡し守……
私としてはあまり間違えられたくない。
自分の名前に感謝こそしているが、
それに対応できない人間が多い現状に
辟易としてしまう。
私が使用人を出会って最初の日に下の名前で呼んだのはきっとそういう思いがあるからなんだろう。
と考えていると、アーノルドが私の方を見上げて、クウン?と鼻をならした。
「ああ、そうだった。もういいよ、アーノルド」
私がそういって手を開けるしぐさをすると、アーノルドは呪縛からとけたかのように立ち上がった。
凛々しいキリッとした顔が、窓からの光を浴びて、尚一層際立つ。
恐らく犬の世界では、アーノルドはとてつもなく美形なんだろう。
ふとそう思い、犬属性らしいシリウスに聞いてみた。
「さあ?高等な生物である私にはどの犬も皆溝ネズミ(Rat)にしか見えませんからね。
しかしその私が低姿勢で見ても美犬とは言えません。
それに、例え人間が見ても、お嬢様か
もしくは変人ぐらいしか美しいと評する方はいらっしゃらないかと」
アーノルドを目の敵にしている奴にこれを聞いてしまったのは大いに反省した。
「わかりました、もう戻っていいですよ」
シリウスはそれに返事をすることも文句をいうこともなく、会釈して出ていった。
私は椅子に座って、また紅茶を飲んだ。
紅茶という素晴らしい飲み物をイングランドに広めてくださったキャサリン王妃
(キャサリン・オブ・ブラガンザ)に
今すぐ感謝の意を述べたいくらい美味しい。
もし、今冥界へ行けるのなら、
(アケロン川でカロンに
1オボロス渡す事ができるなら)
初代のフォスターを伯爵として認めた
征服王ウィリアム一世よりも先に、
キャサリン王妃を探すだろう。