~悪魔執事とお嬢様~
「お嬢様、」
「お食事を、」
「もって参りました」
私は一旦落ち着いて席についた。
許嫁、おばさまもヴィル爺もそういうが、
本当に一瞬その話が盛り上がっただけで、
破談になったも同然だった。
両家は始めの二、三週間、
向こうのご子息と私を結婚させようと
話を進めたらしいが、結局両家とも
「私たちには相手を自分で決めてほしい」
と思ったそうでその話はなくなった。
本当に両親のそういった個人の意思を尊重する方針は素晴らしいと思う。
それのお陰で私は相手の顔を知らないし、
恐らく向こうも知らないだろう。
わかるのは名前だけ。
これも曖昧だが、たしか名前は、
リチャード・カスバートン
(Ricard・Cuthbertaon)だったきがする。
カスバートン侯の息子なので、名字は確かだが、名前の方は自信がない。
この先会うこともないだろうし、
覚えていなくてもいいのだがな。
メイザース兄弟が持ってきた料理を
口に運びながら、私はおばさまの事を
思い出してみた。
許嫁との仲介人になるとかそれらしき事をいっていたが、本当なら厄介だろう。
もし向こうが乗り気なら、
断りをいれるのに一悶着あるのは確実だ。
とはいえ、侯爵の息子なのだからとっくに
別の相手がいる可能性の方が高い。
少なくとも私はそちらに賭ける。
尤も、ヴィル爺の方は別の相手がいる
可能性すら考えていないようだが…
「カスバートン侯のご子息、
舞踏会で出会うであろう紳士、
どちらもお嬢様をお待ちで
いらっしゃいます」
「舞踏会といえば、
ヴィル爺に武闘を教わりたいのですが」
私はヴィル爺をからかってみた。
勝手に待っていることにされる息子と
紳士の気持ちにもなってやってほしい。
私をこの先で待っているのは人間でなく
腹をすかせた悪魔なのだから。
しかしそれを知らないヴィル爺は、
氷のような冷たい目付きで私を
睨みながらまたもや説教をする。
「あんな物騒なものを身に付けるべきでは
ございません。
旦那様と奥さまが、
どのような思いでお嬢様を生かしたのか、
奇跡を起こしてくださったのか、
それを篤と心得るべきです」
流石にお父様もお母様も、悪魔と契約してまで生きてほしいなんて思わないだろう。
そして思っていたとしても、
知った事ではない。