~悪魔執事とお嬢様~
「気持ちよく起こしてくれてどうもありがとう」
「楽しそうに雄犬と眠っていらっしゃるお嬢様を見られてわたくしも微笑ましいです」
シリウスが掛け布団を勢いよくめくったせいで、アーノルドは起きてしまっていた。
そんなまだ寝起きのアーノルドに、
シリウスは手を払ってベッドから下ろさせた。
優しく賢いアーノルドは素直にベッドから飛び降りる。
本当にいい子だ。
もし私が睡眠を邪魔されたアーノルドなら、迷いなく己の牙を剥き出しにし、シリウスの首筋に“優しくキス”している。
そして悪魔には必要のないどす黒い血を
滴らせることだろう。
犬は飼い主に似ると思っていたが、アーノルドが私のこの短気な性格までになくてよかったと心のそこから思う。
「いいか悪霊(ダイモン)、いや、
ブラックドック。
お前がアーノルドを嫌おうと知ったことではないが、アーノルドにいちいち突っかかるな。
ブラックドックが吠えるのは教会で、だ」
(ブラックドックはイギリスに伝わる黒い犬の魔獣。基本的に温和で、迷子を見つけたり教会の鐘が鳴ったりすると吠える。)
「本当にパセリなお嬢様ですね。
あんな下級な“亡霊(ゴースト)”を
この高貴なわたくしと一緒にしないで下さい」
彼はあえて亡霊を強調した。
私が知ったかぶりのパセリだということを
知らしめるかのように。
確かに、私はそういった魔の世界に詳しくないだろうし、専門家のシリウスには
勝てないだろう。
残念ながら私の敗けだ。
「確かに貴方は“高貴さ”が
身に染みていますね」
私は最後の悪あがきのつもりで、
精一杯嫌みったらしくそう言った。
シリウスはなにも言わずに紅茶を淹れ、
ベッドの横にある小さなテーブルに
トレー事置いた。
目をスッキリさせるにはやはり紅茶が
一番だ。
そう思い、トレーに乗っているティーカップと新聞紙をそれぞれの手にとった。
国会議員の統計や、芸術家の話、どれも特に興味のないものが多い。
が、しかし、ひとつだけ気になる見出しがあった。
“1888/4/12/木曜日
4/8の貧民街での放火事件、
未だ犯人わからず”
まるでどうでもいいかのように小さく書かれていた。
あぁ、そうだろう。
私が読んでいるこの新聞は高級紙で、
これを読んでいる層は貧民街などとは無縁の存在だ。
(私だって諸事情がなければ無縁のはずだった)
だから、放火事件などどうでもいい。
精々貧民街がどれ程危険かを再認識する
ぐらいだろう。
ただ、事件を目の当たりにした私には、この放火事件という書き方が気にくわなかった。