~悪魔執事とお嬢様~
ヴィル爺は“殺して”をそれはもう嫌みたらしくいったが、私はそれでもよかった。
寧ろ、言われないと何か裏があるんじゃないかと思ってむず痒くなりそうだ。
ただ、次の一言は余計だったと思う。
「ここ数日のお嬢様は、レッスンをきちんと受けておられましたからね。
あぁ、もちろん歌を除いて、ですが」
歌、歌、歌。こればかり言われては私もやる気をなくす。
なので私はとりあえず、
「レディには欠点があってこそ美しいのではなくて?」
とおば様の真似をしながらいってみた。
おば様は魅力もあるが、欠点も少なくない。
そこをご自分でも認めているからこそ、
彼女は長い睫毛を最大限魅力的に見せていつもそういっているのだ。
尤も、私はきっとおば様が言っていることの本質を理解していないのだろう。
それでもあの言葉は、ヴィル爺やシリウスへの返しや言い訳に丁度いい。
事実、ヴィル爺はこれにたいしてなにも返せなかったのだから。
今思い返しても、あのヴィル爺が口を真一文字にして眉間にシワを寄せながら不服な顔をして去る姿には優越感がある。
私はニヤリと口を右につり上げながら、
これから乗る黒馬の首を優しく撫でた。
ここへ来る時に馬車は気が進まなかったので、私たちは乗馬してここへ来た。
代わりにシリウスとヴィル爺を隣の馬車に乗せ、アーノルドの世話をさせて。
「ここへ来るとき、その馬のことを名前で呼んでおりましたね」
後ろから銃を二丁もったシリウスが声をかけてきた。
「ええ、昔は動物によく名前をつけてまわったことがありましたので。
それこそ、野生の鳥や猫なんかにも。
この馬の名前は…」
私がいいかけたとき、シリウスとは別の声がまた後ろから聞こえた。
「ジュリアン・ソレル。
フランスの小説、赤と黒の主人公の名前でしたな」
ヴィル爺が何か面白いことでも思い出したかのようにフッと笑った。
あぁ、そういえばそんな名前だった気がする。
私は当時、今以上に本を読んでいた。
「赤と黒」も、主人公そのものも好きなわけではなかったが、名前の響きは気に入っていた。
きっと、だからこそ、題名になぞって黒い馬にそう名付けたのだろう。
「ジュリアン・ソレル…
私の記憶が正しければその主人公は男性ですが、こちらのジュリアンは見る限り、牝馬ですね」
シリウスが私の横に来て、ジュリアンを撫でながらそういった。
「ええ、Mr.シリウス、牝馬です。…雌にしては大人しく躾やすいですがの」