~悪魔執事とお嬢様~
私は狐を追い、仕留めるのが目的だったが、なぜか他人事のように魅入っていた。
もちろん馬に乗っているため、ただ単に呆けている訳ではなかったのだが、
追いかける犬と逃げ惑う狐に目を奪われたのだ。
あと少しでアーノルドが噛みつくというその瞬間、狐は毎回スピードを上げた。
その度、私はジュリアンに止まる合図だと思われない程度に手綱を強く握り、脚を入れて加速させた。
数分後、ついにアーノルドは狐の尻尾を捕まえ、それを機に狐は速度を緩めた。
アーノルドはその隙を逃さずに、今度は足に噛みついた。
狐は痛みをこらえながら必死で鋭い牙から足を引っこ抜く。
予想よりも狐は抗い、また逃げ出した。
しかし、私としてはもう充分過ぎるほどに容易い標的だった。
私は、後ろの左足を引きずりながらフラフラと走る狐に、銃を向ける。
上下に激しく揺れながら狙いを定めるのはプロでない私には非常に難しい。
慎重に引き金を引いた。
ーーズドーン!ーー
大きな音が鳴り響いたが、狐には当たらず、私は小さく舌打ちをした。
二発目は、慎重にではなく、直感的に引き金を引いてみたが、それでも狐の体を掠めただけだった。
「今度こそ……」と心に呟き、私は慎重に、そして直感的に三発目を撃つ。
二度失敗したお陰か、奇跡的にか、真相はともかく、三発目は狐の横腹に当たった。
狙ったのは背中だったが、この際当たればそれでもいい。
狐は打たれた衝撃で倒れ、必死で起き上がろうとしていた。
「まだ諦めないのか」と感心し、私はジュリアンを減速させて狐のもとに降りた。
起き上がろうとしていた狐の喉元にアーノルドが噛みつく。
アーノルドの口に、赤黒い地がベットリと付着していた。
狐の腹、首、尻尾にも血がついていて、正直なところアーノルドよりもグロテスクな姿だったが、
自分と深い関わりのない動物の
“生きかけ”を見ても特になんとも思わなかった。
もちろん、悪魔に魂を売ったにしても私は鬼ではないので、“可哀想”だというごく一般的な感想は持ったのだが。
私は狐の首を噛み続けるアーノルドを少し遠ざけ、目に宿した光を揺らめく炎のように消え入りそうにする狐を見た。
必死にもがき、まだ生きようとしている。
一度狐を撫でて、持っていたナイフを取りだし、狐の喉元に切り込みをいれた。
やがて狐の抵抗は弱まり、瞳は光を宿さずにぐったりとした。
すると、合図を待っていたのか、アーノルドが急かすように小さく吠える。
私は頷いて合図をだし、アーノルドに
“黄色いおやつ”を与えた。
きっと、アーノルドが今食べている狐の方がイギリス料理よりもずっと美味しいのだろうと眺めながら。
「おや、わざわざ狐を殺したのですか?
犬が食い殺すまでが狐狩りでしょうに」