~悪魔執事とお嬢様~

後ろからそう話しかけたのは、間違いなくシリウスだった。

彼の言うように、わざわざ狐の息の根をとめなくてもアーノルドに死にかけたまま食べさせることはできる。


しかし、それを楽しんでみる気は、
今は全くしなかった。



「狐に情でも湧きましたか?」



ナイフを拭ってしまおうとする私に、シリウスは問いかける。



「別にそんなことは。気分が乗らなかっただけです。
きっと夕べの私ならこんな面倒なことをしていません」



振り替えって、私は笑って見せた。

が、笑ったといっても、やはり嫌らしい笑みでしかない。


この癖はいい加減治した方がいいな。と笑いながら思った。

確実に取引をするときや目上の人間に会うときに重荷になるからだ。


私がもし、表情など気にしないぐらいに口がうまい

__例えば、おば様のようにのらりくらりとかわせる特技があったり、
キティのように言葉と言葉を必要以上にくっつけることの出来る癖があったりとできる__

のなら話は別だが、生憎ながら私はそんな
小賢しい特技も面倒な癖も持っていない。


生涯この特技と癖を羨むことはほぼないだろうと思っていたが、まさか今日羨むとは思いもしなかった。

そして、少し悔しかった。


後ろから、重々しい足音と、嗄れた、少し呆れたような声が聞こえた。



「今日のお考えを胸に秘めてこれからも情けの心を育てられることを夢見るばかりでございます」



「ヴィル爺は帰ってきてからの私をとにかく誉めたいようですね」



元々小言ばかりのヴィル爺だが、お父様にも矛先が向かっていたためか、以前の方が量は少なかった。

しかし、お父様が亡くなって、残りの小言エネルギーが私にすべて注ぎ込まれている気がする。


更にそれだけではない。

シリウスが仕事の負担をほとんど受け継ぐことによって、
(あのバカクィンテッドが今まで禄に仕事をしていなかったのが原因だが)
力がみなぎってしまっているのだ。


ハウススチュワード(家令)にしてしまったのが大きな原因だろうか。

体力が、年齢にしても普通の人間にしてもジャイアントなヴィル爺には、もう少し仕事を増やしてもよかったように思えた。


が、(ナニー(Dry Nurse{乳母のようなもの})やカヴァネスなどを除けば)

小さい頃から面倒を見てくれたもと執事をただの小言老人と思われないよう別の考え方をしてみた。



「それとも、帰ってきた私への喜びを曝け出したくなくてわざと?」


< 186 / 205 >

この作品をシェア

pagetop