~悪魔執事とお嬢様~
私は、周りを見た。
二つ隣の男は、私の頼んだものと同じエールを喉に流し込み、
その隣のテーブルでは色気付いた年増の女が、更に隣のテーブルへ座っている筋肉の盛り上がった男に
「どちらが酒に強いか賭けないか」と誘っていた。
強い酒を順番に飲み合い、片方が敗けを認めれば代金を奢るそうだ。
と、その話を聞きつけた男二人が自分達も賭けると言い出した。
次に、片方の男が色気付いた女へ、もう片方の男が筋肉の盛り上がった男へそれぞれ1クラウン(2シリング)試すかのようにテーブルへ付きだし、
「賭けに勝ったら半分やる」
と、 男女に合図した。
その一連を見ていた他の客たちが、次々と硬貨や紙幣を机の上にばらまき、男と女に賭け始めた。
酔っぱらった老人は、豪勢に2ポンドも男に賭けている。
カウンター席から私とその様子を見ていた店主も、いつの間にかその席へ向かっていた。
「かなり盛り上がっているようで何より。
ただ、金を全部使わないでくれよ、まだまだみんなには飲んでもらわないとウチが潰れちまう」
そのジョークを聞いた周りの者たちが、この下らないジョークに対して豪快に腹を抱えて笑い、店主が審判のように男女二人の顔を覗きこんだ。
女も男も私が見たときから酔っていたが、どちらも真剣な目付きでいる。
店主から受け取ったテキーラグラスに、いかにもアルコールのきつそうなテキーラをそれぞれ注いだ。
女が先にそれを飲み干し、空なのをわからせるかのように逆さにしておき、男も同じように飲み干して逆さに置いた。
それを見境なく何度も繰り返し、賭け金も増え続けた。
見ているだけでもう二日酔いになりそうだ。
積み上げられたグラスの数を見るに、お互い18杯目だろうか。
私も酒に弱いわけではないが、あれほど飲めるのはロシア人だけだろう。
いや、こういうジョークを無しにしても、体が壊れてしまう気がする。
二人とも目が前を見ておらず、眠たそうにしていた。
このまま飲み続ければ永遠の眠りについてしまうのではないだろうか。
が、女はまたテキーラの瓶に手をかけ、注ぎ始めた。
どちらも酒の飲むスピードこそ時間がたつにつれ落ちていったものの、着実にすべて一口で飲み干している。
女が19杯目を見事飲み干し、ふらふらになりながら男を煽った。
男も負けじと19杯目を飲もうとした。
が、命の危機を感じたのか、酒を拒絶して敗北を認めた。
男に賭けた人達は、落胆しながら男を罵倒し、中には酔って倒れた彼を軽く蹴るものもいた。
2ポンド出した老人は、唇から血が出るほど噛み締めて、地団駄を踏んでいる。
女と女に賭けた人達が、男への掛け金を根こそぎ奪い取り、山分けをはじめて歓喜していた。