~悪魔執事とお嬢様~
駅に着くと、私たちより少し早くきた男たちが、暇つぶしにシガレットを蒸していた。
そのせいか、はたまた蒸気機関車を動かすための焼けた石炭のせいかは知らないが、風に乗ってなんとも言えない独特なにおいが鼻をついた。
ヴィル爺が懐中時計を手にしてから一言呟く。
「この調子なら明日の教会も充分間に合いますな」
私はヴィル爺に気づかれるようにわざとらしく項垂れた。
教会に行きたがらない理由を説明できるなら、それは面倒だからというわけでなく、自分が教会に行ったとして、何か罰が下るのではないかということだった。
実際に願いを叶える代わりに対価を求める悪魔が存在しているなら、その存在を罰する神もまた存在していることになる。
概念や自然の中に含まれるものではなく、意思を持った存在として。
そうだとすれば、悪魔と契約を交わした私にも、何か罰がやってくるのではないだろうか。
毎日習慣として今も朝や食事中、神に祈りを捧げてはいるが、特にこれといったものは感じない。
十字架を見ても未だに神聖な物と認識できる。
何も変わっていないのだろうか。しかし教会というのはどうも直接的すぎる気がする。
シリウスが教会に行ってどうなるのかはとても興味深く思えるが、私自身の心配も僅かにあった。
「全く。お嬢様が面倒くさがりなのは存じておりますが、流石に教会まで行かないとなると…」
ヴィル爺はうんざりと呆れた顔でそう言い、私を睨み付ける。
私は「行かないだなんて言っていません。ええ、もちろん喜んで行きますよ」と、ヴィル爺が気に入りそうな顔で言った。
それをヴィル爺が本気で取ったのか、私がやや皮肉を込めたのを理解したのかはわからないが、
彼は「お分かりならばそれで結構です」と片眉を釣り上げた。
その間シリウスは、一言も発しないで懐中時計を見ていた。
時折、私とヴィル爺の会話を聞いてはクスクスと笑ってはいたが、自分から話すことはない。
そんなに教会の話へ関わりたくないのか。と私は至って楽観的に思ったが、ホームに向かう最中悪魔が主人に教会へ行くことを進めるのもおかしな話だと思い直した。
汽車が到着すると、男たちは揃って短くなったシガレットを足元に捨てて踏み潰しながら火を消し、順番に乗車した。
私たちもそれに続いて一等客車に入り、シリウスとヴィル爺に向かい合うよう座った。
冷たい風がすぐに入ってきてとても寒く、冷気は足元に漂う。
私は早く発車しないかと待ちながら、帽子を外して髪を整え、かぶり直した。