~悪魔執事とお嬢様~
肌を殆ど外に出さない格好をしていながらも、肌寒かったことにかわりはない。
顔だけが耳の先まで冷えていた。
今が夜にしても、季節は春だというのに今日は寒い。
その事について、恐らく私はぶつぶつ独り言を言っていたのだろう。
それまで特に喋りもしなかったシリウスがポツンと呟き返した。
「あれだけ馬を走らせましたからね」
言われてみれば確かにそうだ。と私は思った。
走っている最中はもちろん、走り終わったあとには体が火照り、そしてしばらくすると一気に冷める。
乗馬をするにあたってよくあることだ。
気温に文句を言ってもどうにもならないので、ひとまず窓をながめることにした。
待ち時間と言うものはじっとしていられないものだ。
誰かが窓をコンコンと叩いた。
「相席をお願いしても?他に席がありませんので」
シルクハットを被ったひとりの紳士だった。
シリウスとヴィル爺が私をみる。
私は誰が一緒だろうと駅に着くまでの暇な時間が埋まるなら別に良かった。
「構いませんよ」と言って頷き、隅の方によった。
ハットで顔はよく見えなかったが、若い男性だと言うのは声色で伺える。
「どうもありがとう」と男性はハットを取り、私の隣へ座った。
スラッとした鼻に、優しげな目。私の隣よりも、シリウスと並んだ方が顔立ちの良いもの同士綺麗に揃うのではないか、そう私は思った。
と、ヴィル爺がその紳士の顔に見覚えがあるのか、一瞬驚く。
「失礼」
「はい、何か」
「もしや、カスバートン侯のご子息、リチャード・カスバートン様では?」
「ええ、お恥ずかしながら」
紳士__カスバートン氏は照れくさそうに頭を掻いた。
一方で私は、記憶の片隅にあった名前が一致していたことに満足し、そしてこれが神様の悪戯で起こされた偶然なのか、はたまた気難しい老人が起こしたお節介なのかを考えていた。
名前を聞く限り、私の許嫁になりかけた人物だ。
ヴィル爺も、お父様の付き添いでカスバートン侯と会うことは多少あっただろうが、よく一目で彼がその息子だとわかったものだ。
ヴィル爺もおばさまもやたら許嫁の話をしていたことだし、どちらも行動力はあるものだから、この状況さえ仕組んだ可能性がある。
「___ええ、私は医学に携わっているのです。この辺りに有名な医師がいらっしゃるものですから、少し勉強をしに。あなた方は?」
しかし、持っている鞄の大きさや、先程からのヴィル爺との会話のぎこちなさをみて、そうではなさそうだとひと安心した。
「挨拶が遅れてすみません。私はシャロン・フォスターです。この二人は使用人のアヴェリーとウォレストン。
この近くに別荘があるので、ゆっくりしに」
「おや、Miss.フォスターでしたか。お噂は予々。父が近いうちに貴方とお会いすると話しておりましたが、まさかこんなに早いとは」
カスバートン氏はにこやかにそう言った。
私はわけがわからず、シリウスに視線をやった。
が、「自分は関係ない」と言わんばかりにシリウスは目を見開くだけだった。
続いて私はこの中でもっとも怪しいヴィル爺に目をやった。
すると、ヴィル爺は目をそらした。
あぁ、今回のことは違うにしても、図られたな。と私は心のなかで悔しく思った。