~悪魔執事とお嬢様~
それに、お話を伺う限りだと、カスバートン候も乗り気というわけではないようなので、問題はおばさまぐらいだ。
全く、あの方が私を案じていることはもちろん理解しているが、少々おせっかいすぎる。
私は自分で聞いたというのにこの話題をそらしたくなり、別の質問をした。
「そういえば、医学に携わっていると仰っていましたが、ご職業はお医者様ですか?」
「ええ、数年前はズールー戦争で軍医として活動していました。しかし、その時は外科の知識を取り入れて身分を偽っていたものですから、当然ながら父に叱られました」
カスバートン氏はそう言って笑った。
しかし、ズールー戦争の話をした際、彼の表情がやや強張るのを私は捉えた。
と、ヴィル爺が眉をひそめる。
ヴィル爺の想像していたカスバートン候のご子息とは違ったみたいだった。
「そうなのですね。しかし、あなたも無茶をなさる」
私はそう言って笑いながら返した。
内科を目指すのが一般的な貴族階級出身のコースだが、どうやらただ敷かれたレールを歩きたいという考えを持った方ではなさそうだ。
「ええ。お陰で今は、今日みたいに大人しく内科の勉強ですよ」
困ったものだと言わんばかりに頭を掻き、カスバートン氏はまたにこやかに笑った。
彼との会話はずいぶんスムーズにいくし、何よりも楽しい。
最近、色々と息が詰まりそうな生活をしていた私には、今日がとても新鮮に思えた。
こんな気持ちになったのはいつぶりだろうか。
尽きることのない何気ない会話を、延々と続け、時には笑い、時には反論し、時には共感する。
こんな当たり前の日常でさえも、私はここ数日でどんどん遠ざかっていたのだと気づいた。
いつも、心のどこかで客観視していた。
キティやおばさまと話をするときも(これは1日だけだが)、シリウスも素っ頓狂な話へ応じるときも、まるで本を読むような気持ちで、私という登場人物に共感するだけの気持ちで会話していたのだ。
それなのに、今の私は失いつつある会話の楽しみを思い出していた。
凍りつくような新鮮な空気を吸って、馬を好きなように走らせたからだろうか。
狐の小さな命を奪い、命の無力さを知ったからだろうか。
それとも、何も関係のない人間と何気ない会話をしているからだろうか。
どちらにせよ、今がとても楽しかった。
カスバートン氏は思慮深く、話も丁寧に合わせることのできる方で、実に紳士だ。
誰からも好印象に捉えるであろうその爽やかな笑顔と、笑った時に輝くグレーの目と金髪。
体格みよく教養も富んでいて、どれも侯爵家の息子に相応しいものを持っていた。
カスバートン候も若い頃は美男子で有名だったそうだが、現在は頭が薄くなっているらしく、息子にそれが遺伝しないことを祈るばかりだ。
その後も茶会をするかのように楽しくお喋りを続け、降りる駅へ列車が止まると私たちが先に駅を降りた。
「ではお先に失礼いたします、Mr.カースバートン」
降りる際に私が一度くるりと振り返ってそう挨拶すると、彼は笑顔で言った。
「ええ、Miss.フォスター、また後日会えること楽しみにしています」
知りもしない相手と引き合わそうとするおばさまを恨んだ私だったが、その相手が是非ともまたお会いしたい方だったことに私はとても喜んでいた。
これからいきなり通達されるであろうカスバートン候とお会いする約束を、私は楽しみに待つことだろう。
私も笑顔で脱帽する彼に返した。
「ええ、私もです」