~悪魔執事とお嬢様~
私はシリウスからもう一度手紙を受け取った。
「差出人がA.Dからなのなら、もっと早く言えばいいのに」
「それはそれは、失礼致しました」
シリウスはやっと頭が回ったようだ。
素直にそのまま部屋を出て行った。
A.Dは、父の古くからの親友だった。
父よりも18歳ほど年上なA.Dはいつも厳しく、会うたびに緊張したものだ。
しかし、彼の妻であるアンナは、対照的なまでに明るく優しい人物で、とても話しやすかった。
そんな対照的な2人だからこそ、2人はお似合いな夫婦だった。
(余談だが、どちらも名前のイニシャルがAなためにダブル・A・グレゴリーと呼ばれていた)
歳が経つにつれ、アンナは病気を患い床に臥したらしく、それから私はダブル・A・グレゴリーに会う機会がなくなった。
そんなA.Dが、私に連絡を寄越すとは、少しばかり不思議だ。
私は手紙を開いた。
親愛なるシャリへ、と、宛名は私の愛称で書かれており、始めの一文は「お久しぶりです」からだ。
手紙が5枚程書いてあったので、いくらか省いて要約すると、内容はこうだった。
“お久しぶりです
あの恐ろしい惨劇を新聞と手紙で報されてから一ヶ月程経ちました
私の心はどれほど押しつぶされたことか…
(以下、彼からのお悔やみの言葉が十数行に渡って書かれている)
____オリヴァーとエミリーは、素晴らしい方々でした
心からお悔やみ申し上げます
ナンシー(アンナの愛称だ)は、あれから益々酷い状態になり、目が虚で、今ではすっかり話もできません
あなた方の悲劇を、きっと彼女は理解できていない。
ナンシーはもう、そういった段階まで来てしまっているのです!
神よ、あなたはなぜ私の全てを奪ってしまおうとするのですか!
(ここからしばらく、A.Dは自身の無念さと悔しさを乱れた文字で綴っている)
____シャリよ、今、愛しいナンシーの横で手紙を認めております
医者にもナンシーはもう長くないだろうと言われました
いえ、私には分かります
あの医者は、私がどれほどナンシーを愛していたかを知っているのです
ですから彼は、「もう長くない」などという曖昧な言葉で、私を少しでも励ましたのです
彼女に残された時間は、一ヶ月もないでしょう
今、私がこの手紙を書いている瞬間にも、彼女の近くで死神が手招いているのですから
シャリ、ナンシーは、私同様にあなたを心から愛していました
孫のように、娘の様に
どうか、どうか、妻が最期を迎える前に、元気なあなたを見せてください
そして私にも、__あの忌まわしい夜を何度嘆いた事でしょう。私は今でも不安でなりません__あなたの元気な姿を見せてください
お返事をお待ちしております
敬具
A.D・グレゴリー”
この哀しい手紙を読み終えた私は、ひどく胸を痛めた。
アンナがそんなにまで酷い状態とは思わなかったし、なによりもA.Dがこれほど動揺している姿を見るのも初めてだった。
本当なら、今すぐにでもダブル・A・グレゴリーの元へ行きたいところだが、生憎ながら今日はベイリーとの食事会がある。
行けたとしても、早くて明日が良いところだ。
私は手紙での返信ではなく、電話をする事に決めた。
きっとA.Dもその方が幾分か安心するはずだ。
お父様の電話帳を探りながら受話器を取り、番号を入力した。
電話帳に載っている番号の数はとても少なく、Aから始まっているA.Dの家の番号を見つけるのにはそれほど時間が掛からなかった。
電話の普及率はとても低い中で家に電話が置いてあるのは、新しいものと古いものの両方が好きなお父様とA.Dの性格の現れだろうか。
しばらくして、受話器から女の声が聞こえた。
「もしもし、どちら様で?」
グレゴリー家に仕えているメイドの声だ。
「シャロン・フォスターです。A.Dはいますか?」
「少々お待ち下さい」