~悪魔執事とお嬢様~
悪魔のトリルを弾くとか、
プロレベルじゃないか。
間違ってもレディーが娯楽で弾く
代物ではない。
「伴奏は私が弾きますのでご安心を。」
用意されたかのようにピアノの
蓋が開いているな。
この曲は、作曲者のタルティーニが
夢の中で出会った悪魔の弾く
ヴァイオリンに魅了され、眼が覚めると
すぐに書き取ったという伝説がある。
私は渡されたヴァイオリンを手に取った。
ヴァイオリンは使い古されており、
私よりも歳をとったそれは
重みがあった。
この時代、女が使える楽器はピアノくらい
しかなく、ヴァイオリンが弾ける私は
それなりに自由だったと思う。
「間違えてもいいので、第1楽章を通して
弾いてください。」
「はいはい。」
「“はい”は一回です。」
「……はい。」
ーーチッ。
とっとと終わらせよう。あぁ。
午前まではシリウスの時間だが、
午後からは私のターンだ。
本当にハードなスケジュールだ。
「ワン、トゥー、スリー…」
シリウスがピアノの端を叩いて
リズムをとった。
悪魔のトリルの第一楽章は12/8拍子で、
はじめはゆっくりと流れるように弾く。
反ってゆっくりなせいかリズムが
こんがらがりやすい。
シリウスの伴奏は、失敗どころか完璧で、
強弱もしっかりしていた。
一方私は、始めの方は良かったのだが、
変ロ長調の切りかえあたりから
怪しくなった。
とはいえなんとか弾くことはでき、
シリウスの指導を受けつつ第一楽章は
無事に終わった。
「はぁ。次は、えっと確かハープですね。」
「何を仰ってらっしゃるのですか?
まだ悪魔のトリルの第二、
第三楽章が終わっていませんよ。」
「うっ、そうきましたか。」