あなたとホワイトウェディングを夢みて

「会議に間に合って良かったですわ」

 無事に会議を終えた郁未に熱いコーヒーを運んできた秘書がそう言いながら専務室へと入ってくる。秘書はデスクに座る郁未の横に立つとトレーに乗せたカップのソーサーを掴み静かに置く。

「ああ、ありがとう」

 コーヒーの香ばしい香りにホッと気持ちを落ち着かせる郁未だが、重要な会議がプログラム一つで中止になるのかと昨日までの経緯を考えると気が重くなる。しかし、今の郁未には、会議を開くことが出来なかった場合の計り知れない損失よりも、これまでの留美とのやりとりや今朝方に専務室を出て行く際の留美の姿が心に影を落とす。

「好きでもない男の為に着飾るものだろうか?」
「は?」

 留美だけに限らず、世の女性とはそうなのだろうかと天井を見上げた郁未がボソッと呟く。そばに居た秘書は自分へ向けられた質問と思い返事に戸惑っていると、更に郁未が答えに困る言葉を口走る。

「君は処女ではないだろう?」
「はあ?」

 唐突にも不躾な質問に秘書は頬を真っ赤に染め、手に持つトレーを抱きしめながら顔を覆い隠した。返事に悩んだものの正直に頭を縦に振って答えた秘書だが、全く気にも留めていない郁未は瞼を閉じると右手で顔を覆う。

「どうかなさったのですか?」
「処女は面倒だ」
「はあ……」

 トレーを下げて顔を出した秘書が郁未の様子を伺うが、虚ろな瞳の郁未からはいつもの精力を感じられない。

「専務、お加減でも悪いのですか?」

 半ば呆けている郁未が体調不良を起こしたのだろうかと、秘書が首を傾げながら様子を尋ねる。すると、急にいつもの郁未の戻り、凜々しい口調で横に立つ秘書に指示を出す。

「携帯電話を一台契約してきてくれ」
「専務がお使いになるのですか?」
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