あなたとホワイトウェディングを夢みて

「見晴らしの良い部屋だろう」

 深紅の薔薇の花が飾られ、ディナーの準備が整ったテーブルの横を通り過ぎ、郁未は南に面する窓のところまで突き進んで行く。郁未の腕に抱かれた留美は、騒々しい胸の鼓動が郁未に伝わりそうで、窓の外の景色を見る余裕などなく眉を細める。

「……留美」

 郁未の唇から漏れる留美の名前。留美はハッとして郁未の顔を見上げると、郁未の熱い瞳に見つめられ一瞬呼吸が止まる。
 ここはホテルの最上階。スウィートルームの南に面する窓から望む光景は、街中のネオンによって幻想的な空間を映し出している。まるでお伽噺の世界に身を置いているような錯覚さえ起こさせる。
 そして、自分を抱きかかえる男性はさしずめおとぎの国の王子様、ならば、次はその王子様からの熱烈なキスと言ったところか……
 だが、郁未はフッと笑みを零す。

「……?」
「食事にしよう」

 留美のお腹から、『ぐ~』と腹の虫が鳴り響く。留美は羞恥心でいっぱいになると真っ赤に染まる顔を両手で覆い隠す。

「今のは、違うの……私……」

 今朝、専務室へ謝罪に行った後から食事が喉を通らず何も口にしていない。郁未の理不尽な要求に腹が立ったのもあるが、今夜どんな時間を過ごすのか、そのことで頭がいっぱいだった。
 郁未がテーブルへと移動すると、そこでやっと留美を解放した。そして、紳士らしく椅子を引いては座るように促す。
 慣れないエスコートに戸惑う留美は、郁未から視線を逸らし椅子に腰を下ろす。

「今日は随分と大人しいんだな」

 平静を保てない留美とは裏腹に、苦笑する郁未はいつも通りの口調だ。そして、真正面に腰を下ろした郁未の姿はより一層セクシーに留美の瞳に映る。
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