あなたとホワイトウェディングを夢みて
「それに……」
何かを言いかけた郁未だが唇をキュッと噛み言葉を飲み込む。セリフの続きが気になった留美が郁未を見つめると、郁未は顔をそむけてしまった。
無言のまま二人はしばらくぎこちない雰囲気が続く。郁未が完全に口を閉ざすと、溜め息を漏らした留美が腰を上げワインボトルへと手を伸ばす。それに気付いた郁未が慌てて椅子から立ち上がり声を荒らげる。
「待て! 俺がやる!」
「わ、わかったわ……」
驚いた留美はワインボトルから手を離し、再び椅子に腰を下ろした。
郁未はワインクーラーからワインボトルを取り出し、横に置いてあるナプキンを掴み、ボトルを包み込むようにして滴る水滴を拭き取る。そして、コルクを引き抜きワイングラスに注いでいく。郁未の慣れた手付きでワインボトルの注ぎ口をナプキンで拭き取り、ボトルをテーブルに戻していく。
気品ある郁未の動作に終始留美は魅せられる。
「ありがとう」
グラスから漂うフルーティな香りに誘われるように、留美は素直にお礼を言う。
折角の、古城の如きホテルの最上階、情熱的な薔薇の花を囲んでのディナーだ。高貴な紳士にワインを注がれ、こんな贅沢な時はない。甘く切ない吐息が漏れる中、雰囲気に飲まれる留美は誤解された業務への謝罪などどうでもよくなりつつある。
「さあ、飲んでごらん。他のワインとは比べものにならないから」
一般家庭の娘の留美には到底味わえない、秘蔵のワインの味が庶民の口に合うだろうかと、郁未が苦笑する。ところが、ワインを口に含んだ留美はグラスを軽く掲げると満面の笑みを浮かべる。
「これと同じワインを私も毎年も飲んでるのよ」
「そんなはずはない。これは市販されていないワインだよ」
市場に流通していないワインだと言う郁未だが、確かに留美はこれと同じ物を知っていた。