あなたとホワイトウェディングを夢みて
「お待たせ」

 スーツ姿に戻った留美は郁未が待つリビングへ笑顔で現れた。
 リビングは昨夜ディナーを中断したままの状態で残されていた。テーブルに並んだ食器やグラスには食べ物や飲み物が残っていて、中央に飾られた薔薇の花は今もその美しさを保っている。まるで二人の婚約を祝うかのように。
 テーブルの奥のソファに座る郁未が留美を見て手招きをしている。

「なに?」

 郁未の前まで行くと腰に腕を回されて引き寄せられ郁未の足の間に立たされた。朝の明るい時間帯、それもリビングのソファで男性の下半身に自分の体を密着させるこの体勢はキスより恥ずかしい行為に感じ、留美の顔が真っ赤に染まると逃げ腰になる。しかしそれを許さない郁未に腰を強く抱きしめられ『早く結婚したい』と囁かれる。

「あまり長くは待てないな」
「……うん」

 郁未の温もりが伝わってくると大事にされていると感じる。さっきまでの不安などどこかへと飛んでしまい安堵感に包まれる。郁未の抱擁は留美にとってすっかり精神安定剤だ。すると、大胆にも自ら郁未と唇を重ねた。
 留美からの甘いキスに応えるように郁未もキスを返し、しばらく二人は熱いキスに夢中になってしまった。
 ホテルのショッピングアーケード内の宝石店へと二人が足を運んだのは、お店の開店時間から少し遅れてのこと。高級宝石店には似つかわしくないビジネススーツ姿の二人を見て、対応したスタッフはまさか婚約指輪を買い求めるとは思わずに接客を始める。
 スタッフに『クライアントへの贈り物ですか?』と質問されると、郁未は留美の顔を愛おしそうに見つめ頬に軽くキスをすると、スタッフの方へ向き直り極上の笑みを浮かべて言った。

「婚約指輪を見せてください」

 婚約というセリフにたじろぐスタッフが慌ててお祝いを述べると、周囲のスタッフからも『おめでとうございます』と次々に祝福された。そして店の奥から現れた少し年配のオーナーらしき女性に別室へと促される。
 郁未にエスコートされた留美はしっかりと手を握りしめられ、案内される別室へと向かったて行く。
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