あなたとホワイトウェディングを夢みて
 留美の実家を俊夫から聞き出した郁未は着慣れたビジネススーツに着替え、自宅マンションを飛び出しては留美の実家へと向かって行った。
 真紅のスポーツカーを飛ばすこと飛行機の如く、道路交通法を遵守し、警察の検問にひっかからない程度に急ぐ。ビジネス街や商業施設等の街並みを通り抜け、自然が混ざり合う住宅街へとやって来る。
 初めて訪問する留美の実家だが、走る町並みが不思議と懐かしさを覚える。

(知らない場所だよな……?)

 留美の両親が住む居住区、郁未には縁のない地域だ。学生時代も社会人になってからも訪れた過去はなく、歓楽街があるわけでもなく、森閑とした住宅街で落ち着いてゆったりとした町並みだ。

「たぶん、この家だ……」

 車のナビを頼りにやって来た。
 門塀に掲げられている表札を見なくとも、趣のある和風住宅に留美の姿が重なる。
 敷地内に車を停めた郁未は一目散に玄関へと行き、和風引き戸横のベルを押した。
 すると、郁未の訪問を知っていたかのようにすぐに引き戸が横に動く。
 中から現れたのは俊夫と同じくらいの中年男性で、留美に似た優しげな表情に留美の父親だと判る。

「あ、突然にすいません。私は、留美さんが勤務している会社の澤田と言います」
「聞いていますよ。澤田郁未君だよね?」

 親に一言の理もなく婚約指輪を贈ったことを思い出した郁未は、自分の行動に恥じらいを感じた。
 本来ならば結婚を前提とした交際を認めてもらう為に、先ずは留美の両親に挨拶をすべきだった。なのに、親には一言の挨拶もせず二人だけで婚約を決めた。その上に、事前連絡も入れずいきなり訪問した自分の非礼を悔いた。
 しかし、郁未の顔を見ても厭味を言うわけでもなく、追い返すこともなく笑顔で迎え入れてくれた。

「散らかっていますがどうぞ」

 教育者だからか、それともいずれ父親となる存在だからか、留美の父親の一言一言が重々しく感じられる。
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