あなたとホワイトウェディングを夢みて
「失礼します」

 得意先とは違う緊張を張り巡らせながら郁未は家の中へと上がって行く。
 玄関入ってすぐ隣の座敷に案内され、和風住宅ならではの立派な黒檀の床柱がある和室に通された。最近の住宅には珍しい、違い棚と付け書院の床の間が並ぶ和室だ。教育者らしい重厚感のある空間に、郁未の姿勢まで正される。

「適当に座ってください」

 十畳ほどの広い座敷の中央に漆黒の一枚板の応接台が客を迎える。身が縮む思いがする郁未だが、いつまでも突っ立ってる訳にもいかず応接台の前に腰を下ろし正座した。

「ありがとうございます。それにしても素晴らし欄間ですね」

 丁度郁未が座った真正面に、素晴らしい松の木が描かれた襖が目に入る。その上部には豪快な松の細工が施された欄間があり郁未の目を引いた。

「ほぉ、欄間の善し悪しが分かるなんて若いのにたいしたものだね」
「いえ、そこまでは。ただ、見事な細工だと思いまして」

 ただでさえ留美の父親を目の前にして緊張しているのに、輪をかけたようにこの和室の重苦しい空気に圧倒され郁未はいつもの軽快さがない。

「生徒たちには古くさいと評判はたいして良くないんだがね」
「そうなんですか……」

 商談とは違って言葉がスムーズに出てこない。気が張っている所為か正座する足に早くも痺れが襲う。すると、盆にコーヒーカップを二つ乗せて、中年の女性が襖を開けて入ってくる。おっとりとした動作で郁未の前に座ると盆を応接台に置いた。

「いつも娘がお世話になっています」

 中年女性は留美の母親だ。
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