あなたとホワイトウェディングを夢みて

(素敵な指輪だったけど。あれはお芝居用。最初から私に贈られた物じゃなかった……)

 これまで敵対視していた郁未が何故急に近づいてきたのか、恋愛経験の少ない留美には郁未の考えなど見当もつかなかった。
 これが現実なのだと、ホワイトウェディングの撮影場所の浜辺を一人寂しく歩く姿が惨めで、目頭が熱くなり目尻から一滴(ひとしずく)の涙が流れ落ちる。

(深い傷を負う前で良かったのよ……)

 突然有給休暇を取り、郁未に連絡も入れずに実家へ帰ってしまった。そんな自分を追いかけてくれるなんてあり得ない。きっと、今頃は、会社に出社していないことすら気付かずに、いつも通り仕事をしているだろう。そんな郁未の姿しか目に浮かばない。
 涙で滲む水面。太陽の日を浴びた水平線が眩しくて、胸に抱いた帽子を頭に被った。

(帰ろう)

 美しい砂浜なのに、一人で歩くほど寂しいものはない。
 ただでさえ少ない人出なのに、そこには家族連れやカップルの姿ばかりで、留美の胸がチクリと痛む。
 急いで浜辺から上がろうと、来た道を戻り階段から駐車場へと行く。真紅のスポーツカーが走り去った後は二台の車が停まっていたが、どちらも家族向けの白いセダンで、郁未の高級志向の車とは違う。

「派手な車が恋しく感じるなんて、騙されていたのに……私って本当に馬鹿だわ」

 自分がどれだけ愚かな女か思い知った。
 郁未に愛されていなかったと判った今でも、郁未の姿を目で追い求めてしまうなんて。高級車が通るだけで心臓が弾みその車を見てしまうし、上質なスーツを着た男性の姿をどこまでも目で探してしまう。

「フェリーって、次はいつ出港だったかしら?」

 気を取り直した留美は港の方へと向かった。
 通りを走る車は少なく、歩く人は誰もいない。島の中央に木々が生い茂り、島の外は目映いばかりの海が広がる。静かで美しい光景に、いつの間にか留美の瞳は乾いていた。
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