あなたとホワイトウェディングを夢みて
「破談の為に恋愛経験が乏しくて害のない女を選んだつもりだった」
「認めるのね、自分の見合いを破談にしたいが為の誘惑だったと。ただの賭けに過ぎなかったと」
「最初はそうだったけど、今は違うんだ!」

 必死に真相を語る郁未だが、却ってそれが嘘っぽく感じる留美はますます疑心暗鬼になる。

「留美、愛してる」
「本当に愛してる人に言って」
「信じてくれ。留美だけを愛してるんだ」

 その言葉が真実の愛ならばどれほど嬉しいことか。だが、もう茶番劇は終わった。これ以上嘘を重ねる必要はない。郁未の言葉に心を痛めると、留美は俯きながら頭を左右に振る。

「留美、愛してる! 愛してるんだ。信じてくれ」

 何度叫ぼうが、何度告白しようが、もう留美の心には届かない。

「茶番劇は終わりよ」

 留美の声が微かに震えている。十分に留美を傷つけたのだと、郁未の心も痛む。
 賭けに始まった恋愛だが、郁未には最初で最後の恋だった。
 あれだけ世慣れた女たちと恋の駆け引きを楽しんだつもりの郁未だが、本気の恋愛になると木っ端微塵に砕け散った。

「留美、指輪だけは持っていて欲しい」
「……」

 郁未に背を向けた留美は玄関ドアに手をかけた。出て行こうとする留美を、郁未が玄関土間へ裸足のまま降りて来て、留美を背後から抱きしめる。

「頼むから、……留美」
「もう芝居は必要ないのよ」
「この指輪は君のものだ」

 留美の手にネックレスごと指輪を握らせた郁未は、留美の手を自分の手の平で包み込みギュッと握りしめる。
 しかし、留美は、郁未の腕を払うと指輪をシューズボックスの上に置いた。

「さようなら、専務」

 芝居は終了した。
 留美は指輪を郁未に返すと、躊躇うことなく玄関ドアを開けて出て行った。
 静かに閉まる玄関ドアがとても虚しく、初めての恋が散りゆくのを感じた郁未だった。
 郁未にとって生まれて初じめての恋、初恋だった。

「初恋は実らない……、初恋だよな」

 恋が辛く苦いものだと経験した郁未の目尻から一滴の涙が流れ落ちた。

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