あなたとホワイトウェディングを夢みて
「……情けないな」

 玄関に座り込んだまま動けない郁未。
 シューズボックスに置かれた婚約指輪を横目に、悔しさと後悔に握りしめた拳で床を殴り付ける。
 痛さも忘れ何度も床を殴った後、床に拳を擦り付けていた。しかし、しばらく経つと拳に痛みを感じ、その痛みでやっと我に返った。すると、寝室から携帯電話の着信音が聞こえてくる。
 この携帯音は聡からのものだ。今は誰とも話したくない郁未は着信音を無視し、玄関に腰を下ろしたままでいた。
 けれど、腹の虫が鳴り始めると、よろけながらも立ち上がり寝室へと向かう。傷ついた戦士が前線から逃げ切った後の姿のように、覚束ない足取りで、寝室の半開きのドアに掴まりながら室内へと入って行く。
 ベッドに戻って来た郁未は、留美が横たえたシーツを手の平で撫でては留美の余韻を感じ取る。

「留美……。俺が馬鹿だった」

 悔やんでも悔やみきれず。愛しい女を失ったこの想いをどうすればよいのか。これまでの手練手管が通用しない女に胸が破裂しそうなほど苦しむ。
 すると、そこへまた携帯電話の着信音が鳴る。今度の着信音は父親の俊夫のものだ。
 俊夫に対し、あれだけ豪語した後だけに電話には出難い。かと言って、業務連絡ならば無視はできず、仕方なく電話の音を探る。

「電話はどこだ?」

 酔っ払った郁未から上着を脱がした留美がベッド足下のカウチソファに畳んでおいた。その上着の上に携帯電話が置かれていた。
 留美の性格が良く出た光景に郁未の瞳が再び潤む。

「はい、郁未です」

 電話を手に取った郁未は沈んだ声で返事した。

「さて、私が何故電話をしたか分かるか?」

 今は何も考えられず、口を噤んだ郁未は答えない。

「おい、起きてるのか?」
「起きてますよ」

 今度は言葉を返したが、辛うじて声に出ただけで聞き取り難い小さな声だ。

「元気ないな。女に逃げられたか?」

 大笑いしながら喋る俊夫に苛立つ郁未は通話を切った。

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