あなたとホワイトウェディングを夢みて
「だめだ。私はお前に一度は時間を与えた。お前ほどの手管だ。女の一人や二人簡単なものだったろう? しかも相手は純真無垢な乙女。こんな楽勝な相手はいない」

 そう言われたらぐうの音も出ない。
 それでも留美を諦めきれない郁未は一生に一度の願いだからと、電話の先の俊夫に必死に頭を下げて頼む。

「お前に拒否権などない」
「……」

 俊夫の威圧的な言葉に郁未は黙り込む。
 観念したと思えた俊夫は更に捲し立てる。

「お前のその様子では相手に失礼にあたる。私の方で結納も済ませておくから、これからはこちらの指示に従って貰う」
「しかし……俺は」
「これ以上逆らうことは許さん」

 初めて聞かされる、俊夫からの厳しい声。
 家庭でも会社でも温厚な性格の俊夫からは想像も付かないほどの冷たさだ。

「まあ、相手の女性は実に堅実な両親に育てられた素晴らしい女性だ。お前も気に入るだろう。なにせ、私が気に入っている娘だからな」

 言うだけ言って、一方的に電話を切られてしまった。
 社長命令と同等の、父親からの結婚の命令が下された。これでは郁未には手立てがない。

「……留美……許して欲しい、俺を」

 本気の恋愛なんて未経験の郁未には、今の状況をどう打開すればよいのか判らない。
 聡にヘルプを出しても笑いのネタにされるのがオチだろうし、相談できる信用ある親友も女友達もいない。薄っぺらい人間関係しかなかったと過去を振り返る。

「親父に従うしか俺の生きる道はないのか?」

 自分の不甲斐なさを幻滅した郁未は携帯電話を床に投げ捨てベッドに倒れ込んだ。

「俺は……本気だったんだ」

 何度もそうつぶやきながら、ベッドにうつ伏せになり両手でシーツを握りしめた。

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