あなたとホワイトウェディングを夢みて

「親友の家はとても裕福な家庭だが人徳もあり常識を兼ね備えた立派な人間だ。そんな親友の息子さんがお前を嫁にと望んでいる」
「それは命令なの?」

 郁未と同じ家庭環境の人だが、人間性はまるで真逆。郁未のように人を騙しては非常識な行動をしない、きっと素晴らしい親子なのだろうと想像はつく、自分の父親の親友だから。
 けれど郁未に失恋したばかりの今はまだ頭が正常に働かない。

「結婚なんて……」
「好きな男でもいるのかな?」
「ま、まさかっ、そ……そんな人……」

 明らかに動揺する留美だが、父親は態度を変えず話を続けていく。

「きっとお前を幸せにしてくれる、彼なら私の大事な娘を任せられると思ったから、この話を進めて欲しいと頼んだよ」
「え、冗談でしょ?」
「嫁に行きなさい」

 日頃、厳しい父ではあるが、娘の留美の気持ちを誰よりも分かってくれて、留美に取って最愛の父親で理解者でもある。
 その父親からの命令的な口調に、留美は頭の中が真っ白になった。

「素敵な息子さんだよ。写真を見てごらん。彼からの結納は略式で貰うが、来月の結婚式は豪華な着物を準備してくれるそうだ」
「来月って……?」
「古風だが文金高島田姿のお前は日本一の花嫁になるぞ」

 既に結婚話が進んでいると悟った留美は写真が挟まれた台紙を座卓に残し、座敷から逃げ出すように出て行った。
 そして、一目散に自分の部屋へ戻るとベッドに倒れ込んだ。
 その日、食事も喉を通らず何も手につかない留美はベッドに伏せたまま夜を明かしてしまった。
 無気力に陥った留美だが郁未の傲慢で横柄な態度を思い出す。走馬灯のように次々と現れる、数少ない郁未との思い出が、ずいぶん昔のように感じられる。

「……騙されていたのに、馬鹿な私」

 想いを断ち切れない留美だがベッドで一日中時間潰しをするのも辛い。
 ベッドから起き上がった留美は、座り込んでは目を閉じて頭の中でキーボードを弾いた。

「私には仕事があるわ」
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