あなたとホワイトウェディングを夢みて
仕事に縋るのはお門違いだが、今の自分を保てるのは長年の付き合いであるプログラムだけ。パソコンに向かっている間はいつもの平静な自分で居られる。
外はまだ薄暗いが善は急げと、留美は階下の洗面所へと駆けて行き、洗顔をし髪を梳かし身支度を始める。
「どうしたの、こんな時間から? どこかへ出かけるの?」
ドタバタと騒々しい洗面所へ母親が顔を出して訊く。
「仕事に行くわ」
「でも、休暇中なんでしょ?」
「休暇は返上よ。だから、アパートに戻るわ」
仕事に復帰すれば、通勤に便利なアパートに住むのが一番だ。身支度を終えた留美に、母親が困惑した顔で言う。
「アパートならお父さんが解約したわよ」
「はぁ? な……なんで?」
「お父さん名義で借りた所だし、あなたはもうお嫁にいくんだからアパートは必要ないでしょ?」
大学卒業時まだ無収入な留美の代わりに父親に借りてもらったアパートだったと思い出した。父親の権限で娘の承諾もなしにアパートの契約を解消され、この結婚話が夢でも冗談でもなく現実なのだと悟った。
「と、兎に角、今日から仕事に戻るから」
さっきまでとは打って変わって重々しい足取りで二階へと行く。そして、出勤する準備が整うと朝食も取らずに家を出た。
実家からは電車を乗り継ぎ、地下鉄にも乗り換え、最後はバスに乗って会社前で降りる。通勤が大変だからと会社近くのアパートを借りていたが、そのアパートも今では解約され使えない。こんな通勤が毎日続くかと想像すると、地獄を見ている気分だ。
会社へ着いた留美は一先ず自分の職場である情報処理課へ向かった。人事課へ行く前に課長に報告しようと思ったからだ。
ところが、情報処理課には見知らぬ女性がいた。それも自分のデスクに座って。
「誰?」
「あ、おはようございます。もしかして佐伯さん……ですか? でも、まだ休暇中ですよね? どうされたんですか?」