あなたとホワイトウェディングを夢みて
課長のデスクを見る限り、本人の姿はなく机上も片付いたままで、まだ課長は出勤していない様子。そして、先輩の田中の姿も見当たらず、いるのは見知らぬ女性が一人。しかも、何故か留美のデスクに座っている。
「あなたは誰なの? そこは私のデスクよ」
若い女性が、留美が日頃仕事で使用している留美専用のパソコンを使って何やら作業をしている様子だ。
パソコンは会社から割り当てられているとはいえ、本体もディスプレイも自分が使いやすいように配置し、本体には備忘録として仕事に必要なメモ紙を貼り付けていた。なのに、その貼り紙は剥がされ、ディスプレイの向きも変わっている。
「あ、私は相沢若菜と言います。専務の指示で数日前から勤務しています」
「だからって、そこは私の……」
相沢の口から出た「専務」という言葉に留美は口が止まる。賭けで部下を騙したのが外部に漏れるのを恐れ、その口封じに郁未がこんな仕打ちをしたのかと勘ぐってしまった。
「あの……」
上司命令に従っただけで相沢には非はない。
留美は郁未の卑怯な仕打ちを直談判しようと、専務室へ向かうのに邪魔な手荷物をロッカーへ置くつもりで自分のロッカー扉の前まで行くと、扉の名札が『相沢』に変わっていた。
「どうして……?」
そこまで留美の存在が目障りなのか、郁未が留美追い出しを画策しているのは間違いない。すると、丁度そこへ課長と田中が出勤してきた。
「わぁお、佐伯さん。あら、やだ、どうしたの?」
「おや、佐伯君。寿退社するなんて驚いたよ。君もすみにおけないね」
「おめでとう! 結婚式ってもうすぐなんでしょ? 今が一番幸せなときよね」
ニコニコ笑顔の田中と、いつもは仏頂面の課長まで機嫌が良い。
そして二人は留美が「寿退社」するものだと誤解している。そもそも、留美と郁未の婚約はまやかしだったのだ。寿退社など有り得ない。
「あの、それって誰から聞いたんですか?」
もしかして賭けがばれたのか、或いはそれを揉み消す為に嘘の情報が流れたのか。どちらにしても留美は退社しない。