あなたとホワイトウェディングを夢みて
しかし、課長と田中は何も知らない。その二人の口から留美の予想もしないセリフが出る。
「あ、寿退社って秘密だった? 社長からの指示で、引き継ぎは新人の相沢さんにお願いね」
「君ね、社長に直々に結婚報告なんて、普通は直属の上司である私に報告するものだろうに。一介の平社員の取る行動ではないんだよ。だが、まあ、おめでたいことだから、きっと寛大な心で社長が対応されたんだろうがね」
課長の説教じみた言葉が延々と続きそうだったので、留美は「ちょっと出てきます」と言って情報処理課から逃げ出した。
(社長に直接、結婚報告? いったい誰が?)
両親とは退職について一度も話し合っていない。父親に結婚話を進められているが、娘の退職を勝手に連絡するだろうかと、バッグを手に持ったまま公衆電話のある食堂へと急いだ。
郁未に壊されて以来まだ新しい携帯電話を購入していない留美は、一先ず真相を探るしかないと、食堂の公衆電話から自宅へ電話をかける。
しかし、電話に出た母親からの話では、会社へは一言も寿退職の連絡は入れていないと言うのだ。
「本当なの?」
「結婚退職なんて自分で報告するものでしょう? お父さんだってそこは弁えてますよ。あ、それより、あなた、結婚相手の写真を見ていないんですって?」
「ああ、大丈夫よ。それが判っただけでも……じゃ」
「留美!」
知りたいことを聞けた留美は急いで電話を切った。
父親が一方的に進めている結婚話だが、本人に断りもなく会社へは電話していない模様、では誰が寿退職の話をしたのか。
そんな時、ふと郁未の顔が目に浮かぶ。
(まさかね……嵌められた?)
胸騒ぎがした留美は社員食堂を出ると急いでエレベーターホールへ向かった。すると、エレベーターの前では営業部の女子社員達が数人、色めきだって噂話に盛り上がっていた。