狼上司の不条理な求愛 -Get addicted to my love-
「サヨナラ、課長」
 
私の喉が震え、その振動が彼の耳に届いた刹那。

無情に時は動き出した。


「……サヨナラ」


背中の温もりがスッと離れた。



振り返るまい。
きっと泣いてしまうから。

目の端にチラッと映ったのは
屈んで靴紐を結び直して膝を屈伸させるのが、スタートを切るいつもの仕草。


1度だけ
彼が立ち止まる気配がしたが
ほどなくタッと地面を蹴った。

軽快な足音が規則正しく遠ざかる。


彼は

行ってしまった___



自ら断ち切った見えない傷みに、ベンチの上で膝を抱えた。
その間に顔を埋める。

今私は、ここで目一杯泣いておく。
出社した時に泣かないために。

笑った顔が好きだと言った
彼へのせめてもの餞(はなむけ)に、

あとひと月は
笑い続けてみせようと。


見上げた空は、既に明るく白み始めている。
キラリと光った明星は、やがて涙に霞んで消えた。
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