【短編集】きみのうた
02:空色想歌―ソライロソウカ―
朝日が昇る。
大地に突き立てられた剣で身体を支えていた少年は、降り注いだ光にゆっくりと顔を上げました。
そこは、辺り一面砂に覆われた砂漠です。
昼と夜の気温差がとても激しく、少年は何度も凍えそうになっていました。
「………」
1つ、少年は溜息を落としました。
支えに使っていた剣の柄を固く握り締め、砂から抜きます。
ひゅん、と風を切る音を立てて、真っ直ぐに構えました。
「………まだ、か?」
少年の姿に、男が――目の前の、同じように剣を構えた男が問い掛けてきます。
その男は少年よりずっと年上で、少年よりもずっと立派な甲冑に身を包んでいます。
朝日を背負って立つ男の姿は、とても立派な騎士に見えました。
「………」
男の問いに、少年は答えません。
ただ、黙ったまま1つ頷きました。
目元に下がってきていた空色のバンダナを額に引き上げ、剣を握る手に力を込めます。
その顔には、「絶対に諦めない」という意志だけが見えました。
「…………そうか」
少年に頷き返し、男は――少年とは敵軍の剣士は――剣を構え直しました。
その姿は堂々としていて、騎士としての風格が窺えます。
強い。誰が見てもそう見る様子でした。
2人は、朝日の下――動く者は彼ら以外誰も居ない砂漠で、対峙します。
自分自身の譲れないモノだけが、彼らの頭の中には存在していました。
(………姫……)
ジリ、と片足を後ろに下げながら、少年は心の中で呟きました。
質素な胸当てと、ボロボロになった服の下、首から下げたペンダント。
ロケットになっているその中の、写真に描かれた笑顔の少女へと語りかけます。
(ここは……ボクが、絶対に守ります……)
遠い日。あなたを守ると、あの桜の下で誓ったから。
ダッ!!
地面を蹴ったのは、2人ほとんど同時でした。
雄叫びを上げ、真っ直ぐにお互いへと突っ込みます。
その目には、もはや相手の姿しか写っていませんでした。
※
朝日が昇る。
ベッドの上でくまのぬいぐるみを抱きしめていた少女は、差し込んだ光にゆっくりと顔を上げました。
そこは、豪華なお城の一室です。
隣の国との戦争が始まり、外で命のやりとりがされているその間も、城の中はいつもと変わりませんでした。
「…………っ」
ぎゅっと、少女はぬいぐるみを抱きしめました。
城の外の様子も、戦いがどうなっているのかも、少女は知りません。
国王である父親は、部屋に閉じこもってしまい、何も教えてくれませんでした。
「…………」
少女はベッドから下りると、ぬいぐるみを抱きしめたまま窓際へ移動しました。
薄いレースのカーテンを脇へと避けて、外を見下ろします。
すると、お城の庭と、その中で立つ桜の木が見えました。
今は季節ではないので花は咲いていませんが、その姿はとても堂々としています。
「――――」
小さく、少女は呟きました。
それは、小さな頃から一緒に遊んでいた、少年の名前でした。
城の世話係の息子だった少年とは、年が近いこともあってとても気が合いました。
城の大人の中には「身分違い」と言う者も居ましたが、少女は気にしたことはありませんでした。
(……―――)
もう1度、今度は声に出さずに心の中で呼びかけます。
子どもの頃、少年は桜の木の下で約束をしてくれました。
「絶対……ボクが、お姫様を守るよ」
その言葉がとても嬉しくて、少女は少年に抱きつきました。
そして……
(――絶対に、帰って来て……)
くまのぬいぐるみを――空色の布で作られたスカーフを巻いたぬいぐるみを、固く、少女は抱きしめます。
少女の青い目は、真っ直ぐに朝日の向こうを見詰めていました。
※
(大きくなったら……わたし、あなたのお嫁さんになったげる)
耳の奥に少女の声を聴きながら、少年は意識を取り戻しました。
数度目を瞬かせ、視界をはっきりさせます。
すると、砂の上に落ちた空色のバンダナが目に入りました。
途中で、綺麗に切れてしまっています。
「…………姫………?――!!」
呟いた後、すぐに少年は全身を緊張させました。
男と闘っていたことを思い出したのです。
まだ手の中に残っていた剣の柄をかたく握り締め、顔を上げます。
「………見事だな……」
その少年に、声が掛けられました。
全力で少年と打ち合った男は、砂の上へと膝をついていました。
その、とてもとても固いはずの鎧が、大きく割れていました。
少年の、渾身の力を込めた技の結果でした。
「このような、少年が、な……」
呟く男の声は、だんだんと弱くなっていきます。
炯々と輝いていた目からも、少しずつ力がなくなっていきます。
「………我が、祖国のために……」
そう呟いて、男は砂の上へと倒れました。
どうっと、砂ぼこりが舞い上がります。
「…………」
それを見て、少年の体から緊張が抜けていきました。
ホっと、一息ついて、力を抜きます。
(……姫……)
心の中で呟きながら、服の中から首のペンダントを引き出します。
ロケットを開くと、青い目の少女が嬉しそうに笑っていました。
(今……帰ります……)
剣を手にぶらさげたまま、少年は一歩踏み出そうと足に力を込めました。
けれど……
「………あれ?」
少年の唇から、掠れた声が漏れます。
踏み出そうとした足に力が入りません。
力を入れようとすればするほど、全身から抜けていきます。
「………あれ?」
もう1度、少年は呟きました。
その手から、少女のペンダントが滑り落ちます。
金色のお守りは、乾いた砂の上へと軽い音を立てて落ちました。
(………姫……)
落ちたロケットを見下ろした、視界が霞んでいきます。
いつのまにか、その手から剣も離れ、砂の上に倒れていました。
(……姫……姫……)
ゆっくりと、少年は砂漠に倒れ込みます。
(……姫……姫……―――)
東の空からの光を浴びながら、少年は少女の名を呼んでいました。
くり返し、何度も何度も。
―――何度も。
大地に突き立てられた剣で身体を支えていた少年は、降り注いだ光にゆっくりと顔を上げました。
そこは、辺り一面砂に覆われた砂漠です。
昼と夜の気温差がとても激しく、少年は何度も凍えそうになっていました。
「………」
1つ、少年は溜息を落としました。
支えに使っていた剣の柄を固く握り締め、砂から抜きます。
ひゅん、と風を切る音を立てて、真っ直ぐに構えました。
「………まだ、か?」
少年の姿に、男が――目の前の、同じように剣を構えた男が問い掛けてきます。
その男は少年よりずっと年上で、少年よりもずっと立派な甲冑に身を包んでいます。
朝日を背負って立つ男の姿は、とても立派な騎士に見えました。
「………」
男の問いに、少年は答えません。
ただ、黙ったまま1つ頷きました。
目元に下がってきていた空色のバンダナを額に引き上げ、剣を握る手に力を込めます。
その顔には、「絶対に諦めない」という意志だけが見えました。
「…………そうか」
少年に頷き返し、男は――少年とは敵軍の剣士は――剣を構え直しました。
その姿は堂々としていて、騎士としての風格が窺えます。
強い。誰が見てもそう見る様子でした。
2人は、朝日の下――動く者は彼ら以外誰も居ない砂漠で、対峙します。
自分自身の譲れないモノだけが、彼らの頭の中には存在していました。
(………姫……)
ジリ、と片足を後ろに下げながら、少年は心の中で呟きました。
質素な胸当てと、ボロボロになった服の下、首から下げたペンダント。
ロケットになっているその中の、写真に描かれた笑顔の少女へと語りかけます。
(ここは……ボクが、絶対に守ります……)
遠い日。あなたを守ると、あの桜の下で誓ったから。
ダッ!!
地面を蹴ったのは、2人ほとんど同時でした。
雄叫びを上げ、真っ直ぐにお互いへと突っ込みます。
その目には、もはや相手の姿しか写っていませんでした。
※
朝日が昇る。
ベッドの上でくまのぬいぐるみを抱きしめていた少女は、差し込んだ光にゆっくりと顔を上げました。
そこは、豪華なお城の一室です。
隣の国との戦争が始まり、外で命のやりとりがされているその間も、城の中はいつもと変わりませんでした。
「…………っ」
ぎゅっと、少女はぬいぐるみを抱きしめました。
城の外の様子も、戦いがどうなっているのかも、少女は知りません。
国王である父親は、部屋に閉じこもってしまい、何も教えてくれませんでした。
「…………」
少女はベッドから下りると、ぬいぐるみを抱きしめたまま窓際へ移動しました。
薄いレースのカーテンを脇へと避けて、外を見下ろします。
すると、お城の庭と、その中で立つ桜の木が見えました。
今は季節ではないので花は咲いていませんが、その姿はとても堂々としています。
「――――」
小さく、少女は呟きました。
それは、小さな頃から一緒に遊んでいた、少年の名前でした。
城の世話係の息子だった少年とは、年が近いこともあってとても気が合いました。
城の大人の中には「身分違い」と言う者も居ましたが、少女は気にしたことはありませんでした。
(……―――)
もう1度、今度は声に出さずに心の中で呼びかけます。
子どもの頃、少年は桜の木の下で約束をしてくれました。
「絶対……ボクが、お姫様を守るよ」
その言葉がとても嬉しくて、少女は少年に抱きつきました。
そして……
(――絶対に、帰って来て……)
くまのぬいぐるみを――空色の布で作られたスカーフを巻いたぬいぐるみを、固く、少女は抱きしめます。
少女の青い目は、真っ直ぐに朝日の向こうを見詰めていました。
※
(大きくなったら……わたし、あなたのお嫁さんになったげる)
耳の奥に少女の声を聴きながら、少年は意識を取り戻しました。
数度目を瞬かせ、視界をはっきりさせます。
すると、砂の上に落ちた空色のバンダナが目に入りました。
途中で、綺麗に切れてしまっています。
「…………姫………?――!!」
呟いた後、すぐに少年は全身を緊張させました。
男と闘っていたことを思い出したのです。
まだ手の中に残っていた剣の柄をかたく握り締め、顔を上げます。
「………見事だな……」
その少年に、声が掛けられました。
全力で少年と打ち合った男は、砂の上へと膝をついていました。
その、とてもとても固いはずの鎧が、大きく割れていました。
少年の、渾身の力を込めた技の結果でした。
「このような、少年が、な……」
呟く男の声は、だんだんと弱くなっていきます。
炯々と輝いていた目からも、少しずつ力がなくなっていきます。
「………我が、祖国のために……」
そう呟いて、男は砂の上へと倒れました。
どうっと、砂ぼこりが舞い上がります。
「…………」
それを見て、少年の体から緊張が抜けていきました。
ホっと、一息ついて、力を抜きます。
(……姫……)
心の中で呟きながら、服の中から首のペンダントを引き出します。
ロケットを開くと、青い目の少女が嬉しそうに笑っていました。
(今……帰ります……)
剣を手にぶらさげたまま、少年は一歩踏み出そうと足に力を込めました。
けれど……
「………あれ?」
少年の唇から、掠れた声が漏れます。
踏み出そうとした足に力が入りません。
力を入れようとすればするほど、全身から抜けていきます。
「………あれ?」
もう1度、少年は呟きました。
その手から、少女のペンダントが滑り落ちます。
金色のお守りは、乾いた砂の上へと軽い音を立てて落ちました。
(………姫……)
落ちたロケットを見下ろした、視界が霞んでいきます。
いつのまにか、その手から剣も離れ、砂の上に倒れていました。
(……姫……姫……)
ゆっくりと、少年は砂漠に倒れ込みます。
(……姫……姫……―――)
東の空からの光を浴びながら、少年は少女の名を呼んでいました。
くり返し、何度も何度も。
―――何度も。