君色キャンバス

「きっとお前の絵の中で、この絵が一番幸せだった頃を象徴する絵になるんだろうな」


 予想さえもしていなかった言葉に、ただただ俺は榊原さんの眼を見た。

 
 その表情は失望でもなく、希望でもない。


 ただそこにいる“人”だった。


「長年この世界に沈んでるとな、嫌なもんも見せられるんだよ。

 人間同士の妬みや恨み、汚い金で動かされる奴等。

 それで溺れて自分の自我さえも失ってしまうんだ。

 ボロボロになって、身動きが取れなくなる。


 ……お前の父親は、その中でも純粋だった! いや、純粋すぎた……」


“チチオヤ”――

 その単語に、俺の手は一気に震えだす。
 

――ドクン


 俺の心臓の鼓動が激しくまた動き出す。

 榊原さんは自分用にも持ってきていたブラックコーヒーをソファーでうなだれながら飲み始める。


 完全に俺の感情はあっちの方向へと狂い始めていた。


 心臓の音が俺の尋常じゃない心を察知する。


 ガシャンとマグカップが落ち、コーヒーがカーペットを濡らす。



 気がついたら、俺は榊原さんの胸倉を掴んでいた。



「知ったフリして、俺をいつまで縛るんだっ?!

 俺の事教えてくれよ?! 
 俺は一体何の為に生かされてるのか、榊原さんなら知ってるんだろ?!


 毎晩毎晩あの夜の夢を見る! もう……限界なんだ!」


 この、仮面をかぶった偽善者に俺はもう魂さえも見せ付けて、感情をぶつけた。


 




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