君色キャンバス
「俺、人物描くの2回目なんだ」
一之瀬君はそれまで一切喋らなかったのに、穏やかに何かを感じてるかのように私に喋りかける。
「2回目ってことは……やっぱり……」
「多分中野の想像とあってると思うけど、俺の父と母だよ」
「やっぱり……」
「でもその絵、俺……黒く塗り潰したんだ」
あ。
初めて一之瀬君の家を訪ねたとき、一つだけ黒く塗り潰された絵があった。
それは一之瀬君が描いた絵だったんだ。
「あの絵が俺が始めて水彩で描いた絵。
下手糞な絵をさ、何時間もかけて完成させたんだ。
見るに見られない絵なのに親父に持ってて、見せたんだよ。
そしたらその絵滅茶苦茶褒めてくれて、それが凄ぇ嬉しくて、俺が絵を描き始めたきっかけだったんだ」
少し寂しげに笑って見せられると、胸の奥が疼く。
本当なら一之瀬君はお父さんのことが大好きだったんだよね。
だからきっとあの日のことも赦せないのは当然だ。
「ごめん、一之瀬君。
さっきあんなこと言ってしまって。
私……酷いこと言った」
「いや、中野の言葉は誰かが言ってくれなきゃならなかった言葉だったから」
そういう言葉の裏には何があるの。
私……もっと一之瀬君の事、知りたいよ……。