君色キャンバス
 俺はそのスケッチブックを鞄の中に仕舞い込み、そのまま机に突っ伏した。

 何もない、無の世界がまた俺を襲う。

 
 さっきまでの濃い時間は嘘のように消え、静まり返る夜はよりいっそう薄い時間にさせた。

 時間なんて、俺にはもう要らない。

 嫌なんだ。感じるのが。

* * *


「え、何これ、凄すぎ!!」

 俺はまた中野に昨日描いた絵を見せていた。

 相変わらず中野の表情はころころ変わる。


 素直、その言葉が一番似合う。


「……いつもさ、思うんだけどどうやって描いてるの?」

 中野が少し躊躇いがちに聞く。

「別に。中野の詩のままに描いてる」

「じゃあさ、この詩……どう思う?」

 初めてだった。

 中野から詩を自分から見せてきたのは。

 いつもは俺から頼んで見せてもらうパターンが多かったんだけど、急に渡された詩に思わず視線を向ける。


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 窓辺に視える世界は 澄み切った光

 紡いだ未来に 君は居て

 澄み渡った空に 身を沈め

 やわらかな陽だまりに 君は包まれる 

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「これ……」

 もしかして。

「やっぱり分かったんだ! この詩……一之瀬君なんだよ」

 びっくりした。

 言葉を失った。

 中野の世界に俺が映っていた。

 
 中野から見れば俺はこんな世界に居ると思っているのか。

 あまりにも残酷すぎる現実を、君には知られたくない。

 中野の詩に映し出す俺は、嘘の俺。

「変、だった?」

 そう震えながら聞く中野の声に「いや、変じゃない」そう言ってまた俺は中野の世界観に見入ってしまったんだ。


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