君色キャンバス
「逃げるの?――」


 不意に聞こえた声。

 顔をあげると強い中野の眼に一瞬も逸らせなくなる。



「一之瀬君はきっと失うものが多かったから、気付けないのかもしれないけれど……真実を知ったからって何もかもが自分の手からすり抜けるわけじゃない!


 いつだって私は一之瀬君を見てる! だからっ弱さを隠さなくてもいいんだよ――!」



 中野はそれだけ言うと自分の目を手で覆った。


 
 それから俺に背中を向けると北村がその様子を俺に見せないようにするためか中野の前に立ち隠した。




「奈津はいつだって一之瀬でいっぱいなんだ」


「…………」


「俺はお前の為に過去を言いに来たんじゃない。奈津の為だ。

 お前なんか俺にしてみれば殺したいくらい憎い相手だからな。


 ……理由は分かるな?」


 北村は感情を抑えてるけれど、声はぞくっとするほど冷酷だった。


 

「……分かってる。

 ほんとにその件は償っていきたいと思ってる」



「……償いなんかいらない」

「……え――?」



「俺がお前に唯一してほしいことは……奈津を幸せにすることだ」

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