君色キャンバス
 え。

 意味が分からない。

 何て言ったの。

「今でも鮮明に覚えてる。
 当時俺は6歳だった。その日は俺の誕生日だった。

 母親は一生懸命俺の為にバースデーケーキを作ってくれていた。
 甘い匂いが部屋中に広がっていて、出来あがったケーキを絵で残したくて、2階にあるスケッチブックとクレヨンを手にし、1階に下りたんだよ。

 その下りた瞬間、俺の父親が母親をナイフで刺した。

 俺はその飛び散る血が頬について、恐怖で声が出ずに足が震えてもたついて何も出来なかった。

 そして父は母親の血を1枚の絵につけた。

 その絵を書き上げた途端、父親も自らナイフで刺し、自殺した。

――その絵が中野が見たいって言っていた絵だよ」


 嘘――

 そんな事、ある訳ない。

 それなのに一之瀬君の顔が嘘ではないことを完全に言い切ってる。

 
 一之瀬君の中にあったものは……これだったの。

 そして私が探していたものも一之瀬君の中にあった。


「俺の父親は、一之瀬省吾(いちのせしょうご)。そして“血の先駆者”と言われた呪われた画家だ」


――一之瀬省吾……

 そうだ、そうだった。

 私が個展で見た絵の画家は“一之瀬省吾”。

 
 そしてその息子が、“一之瀬君”。



 ……だからだったんだ。
 全ての謎が解けていく。

 あんなに絵を嫌っていたのも、私を突き放そうとしたのも、全部全部それだったんだ。



「一之瀬、君――」

「父は、“絵に狂わされた”」

「どうして絵に?」

「父は最初は幸福な、人々に死を見せるような絵は描かなかった。
 それが急に人が信じられなくなったと言い、絵に絶望を託す絵を描くようになった。

 そして呪われた画家なんて言われるようになったんだよ。

 俺は父をそこまで変えた原因が見つからない。
 人が人を変えてしまうようなものってなんだ? 分からない。

 中野は俺の絵が好きか?」


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